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凌霄花 《第二章 松帆の浦…》

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「……こんなお子さまでも、父親になったらちょっとは変わるのかね?」

 そして、空になった弁当箱を片付けはじめた。
そっと脇目で様子を伺うと、助三郎は一切口答えせず、遠くを見ていた。
 空振りか、と少し気落ちした彼女は、食後の茶でもと湯飲みにぬるい茶を注いだ。
 それを彼にさしだすと、突然口を開いた。

「なぁ……」

「なんだ?」

「……赤ん坊、欲しいか?」

「なんだいきなり……」

 早苗に聞いているのか、格之進に聞いているのか解らない彼女は勤めて冷静を装い、彼の様子を伺った。
湯飲みを一息で空にしたとき、彼の意図するところが見えた。

「……だってさ、俺と格さんだけだろ? 子ども居ないの」

 彼は、『格之進』に話をしていた。
それ故、早苗も彼に合わせた。

「確かに。皆妻子持ちだ。だがな、俺はお前ともちょっと違う」

「どこが?」

「美帆は結婚して数日で消えた。あれきり一度も帰ってこない……」

 助三郎は露骨に嫌な表情を浮かべた。

「まだ未練タラタラかよ……」

 そして腰を上げた。
しかし、早苗はそれを許さなかった。
 彼の袖をつかみ、眼を見て訴えた。

「真面目な話だ。お前には姉貴が居る。毎日手を伸ばせば届く場所に居る」

「ま、まあな…… さ、そろそろ仕事に戻ろう」

「ちっ……」

 すぐに話をそらす夫に苛立ち、早苗はついに実力行使に出た。

「なんだ? おい!?」





 彼女は男の武家姿のまま、夫を押し倒した。
彼の上に馬乗りになり、どすを聞かせて脅し始めた。
 力が強い格之進に、助三郎は勝てない。

「……助三郎。よく聞け」

「……なんだ? 腹ごなしの鍛錬は別にしなくていいぞ」

 まだ『おふざけ』の色が見えるにやけた夫に早苗は怒りを覚えた。
彼の胸倉をつかみ、彼を引き寄せ耳元で低く囁いた。

「……毎晩暇なら、そろそろ俺の相手してくれ」

 助三郎からにやけが消えた。
彼は焦り、もがき始めた。

「バカ! ここ何処かわかってるか!?」

「わかってる! なにもここでいきなりやるわけじゃない!」

「やるって言うな! お前とはそういう関係じゃない!」

 二人で怒鳴りあいながら取っ組み合っていたが、早苗はふっと気配を感じ手を止めた。
そして、恐る恐る背後を見た。

 そこには、二人の上司。
 中年で小太りの男が、腕組みして二人を眺めていた。

「あのなぁ……」

「……はい? 何か?」

「ぜんぜん戻ってこないと思って来てみたらこれだ……」

 呆れた表情で彼は二人を見た。

 彼は江戸での上司。二人の密命はおろか、早苗の真の姿など全く知らない。
 妙な誤解があっては一大事と、二人は必死に弁明を試みた。

「違います! 私は佐々木とそのような疚しい関係などでは……」

「そうです! ただ弁当を取った取らぬの喧嘩でして……」

 しかし言い訳は無意味だった。
どうやらこういうことに慣れっこのような上司はさらっと言ってのけた。

「もういい。言い訳は。江戸詰めの男はみんな溜まってるんだ」

「は?」

 二人はきょとんとして彼を見つめた。

「一人者が多い。それに国に嫁さん残して来ている。我慢は身体に悪い」

「はぁ……」

「だから、今日は早めに上がって女買って来い。これは命令だ。以降職場で男を襲わないように!」

 その場から逃れたい助三郎はその命令に素直に従った。

「はい! お言葉に甘えさせていただきます! 格さん、絶対女のほうがいいって。帰りに吉原でも行こう、な?」

 しかし、早苗にとってはとんでもない命令だった。
頭に血が上った早苗は感情に任せ、とんでもないことを口走った。

「女なんか絶対にイヤだ! 俺はお前がいい!」

 しまったと思ったがときすでに遅し。
 助三郎が抜け殻のように立ち尽くし、上司が天を仰ぐ光景が早苗の目に入った。

「あ。いえ、その…… なんでもございません!」
 
 早苗はその場から走り去った。


 助三郎は暫く放心状態だった。
上司は理解がある男だった。
 ぽんと彼の肩を叩き、励ました。

「がんばれ。やられたくなかったら、とにかく逃げろ」





「……どうだったね?」

 暗闇に明かりを一つだけ灯し、その老人は硯で墨を摺っていた。
彼の横で、女が答えた。

「やはり留守でございました。しかし、あれと親しい下女が呼び出されて向かったそうです。間違いなく、下屋敷にいるかと……」

「面倒なことをしおって……」

 男は摺った墨の中に筆をドボッと突っ込んだ。

「……ところで、あれの素性はわかったかね?」

 それに答えたのは、男だった。

「未だ調べている最中にて…… しかし、これ以上調べても私ごときでは、あのお方に敵いません」

 悔しげに頭を下げた。
老人は今度は苛立ちを表に出さなかった。その代わり、『あのお方』の名前を紙に書くと、それに線を引いた。

「なら仕方ない。わしにも無理だ。捨て置け。その分、あの男を調べろ」

「はっ」

 男は部屋から出て行った。
残るは女と老人。
 女は気に掛かることがあったらしく、老人に聞いた。

「……あの、あちらのほうは?」

「あぁ。新しい嫁か?」

「はい」

 老人は、紙になにやら書き記すと女に言った。

「あの女にそっくりだが、身分が由緒正しい娘を見つけた。打診中だ」

 女は満足げに笑った。

「それは重畳。では、そろそろ?」

「無論」

 老人は紙に『早苗』と書いた。
そしてそれを勢い良く、真っ黒に塗りつぶした。

「なにがなんでも、佐々木家から追い出してやる……」

 
 老人は助三郎の大叔父だった。
早苗の嫁入りに反対し続け、結婚後も何かと文句をつけていた男。
 彼が動き始めようとしていた。