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凌霄花 《第二章 松帆の浦…》

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 きょとんとしている早苗に半ば呆れ顔を向け、

「わしが聞いているのはな、あやつの閨の話だ」

 はっきりと言い切った。
さすがの早苗も理解し、

「へっ!? あ、その、それは……」

 どう返していいか見当がつかず、紅くなって俯いた。
すると、聞いた本人が取り乱し始めた。

「わしだってこんなことを聞くのは失礼だと思う。特に早苗殿にはだ。
しかし、これは重大問題だ。だからこそ、弟のお前に代わりに答えさせようと思ってだな……」

 早苗は上司の顔を見ることができなかった。
 長い間、沈黙が狭い茶室を包んでいた。

 しかし、早苗は意を決し、男として話しはじめた。

「佐々木の、そちらは、その、なかなかどうしてあれでして……」

「あれではわからん。なんだ?」

 グダグダ恥ずかしがっていても仕方がないと早苗は思い切り、口早に事実を述べた。

「赤穂より戻って二月、姉が義兄と枕を交わしたのはたった、二度」

 再び赤くなった顔を隠そうとうつむく早苗の前で、後藤は大きな驚きを示した。

「二月で、二度!? まさか、あの若さで不能か!?」

 とんでもない言葉に驚き、早苗は彼の考えを否定した。

「いえ! そうではございません!」
 
「だったら、なんでそんなに少ない!?」

「さぁ…… 私こそ知りたいものでして……」

 後藤は大きな溜息をついた。
早苗から視線をそらすと、彼女に言った。

「渥美、早苗殿に戻ってくれ」

「はい…… 戻りました」

 変り身を解き、本来の姿に戻った。
すると後藤は彼女にひざを向けた。

「早苗殿、正直な気持ちを聞きたい。いったい佐々木のどこがいい?」

 いまさら何を聞くのか。
そう思ったが、彼女の答えは一つ。

「全てでございます」

 きっぱりと言ったが、後藤は納得がいかなかった様子。

「……欠点がかなり多いが、それでもか?」

 早苗は微笑を湛え、彼にこう返した。

「……それがまた、魅力というのではないでしょうか?」

 あんぐりと口をあけた後藤だったが、次には膝を打って笑っていた。
 
「これは、これは…… 佐々木に心底惚れておられる奥方には何を言ってもダメそうだ…… ハハハハハ!」

「はい。無駄でございますよ。後藤さま」

 一通り二人で笑った後、上司は居住まいを正し部下を呼んだ。

「渥美に伝言だ」

 早苗はとっさに男に姿を変え、上司の言葉を待った。

「……佐々木に早苗殿をもっと可愛がるようにと伝えてくれ。それと……」

 後藤はすぐに続きを言わなかった。
 少し言いにくそうにしている様子を感じ取った早苗は、彼を促した。
 
「それと、何でございますか?」

「……早苗殿が懐妊したら、すぐに連絡するように」

 上司の心遣いをありがたく感じ、彼女は頭を下げた。
彼を安心させるためにも、夫ともっと仲良くしなければと反省した。
 そして彼女は茶室を辞し、帰宅した。







「佐々木め…… しっかりせぬと、早苗殿が危ういというのに……」

 後藤は茶室を出た後、仕事場の己の書斎で溜息をついていた。
主から託された若い夫婦の行く末。それを見守るのは苦ではなかった。
 しかし、助三郎が頭痛の種。
夫婦の夜が問題なことが解ったのは良いが、それを他人の彼が如何こうすることは無理に近い。
 ああだこうだ考えてみたが、この場はどうしようもないと、そこで切り上げた 

「さてと、残りの仕事でもするか……」

 そこにドタドタと騒がしい足音が聞こえた。
表の作業場の男が、息を切らし走ってきたのだった。

「後藤様! こちらに、いらっしゃいましたか……」

 息を弾ませ、ほっとした様子で彼は床に手を突いた。
 
「どうした?」

 男は彼に要件を告げた。

「佐々木殿の御家中の方が……」





 後藤は血相を変え、必死に走った。
作業場の障子を勢いよく開け放ち、大声を上げた。

「渥美は!? 渥美はどこだ!?」

ざわついた様子の藩士たちから、声が上がった。
 
「渥美殿であれば、少し前に帰られましたが……」

 それを聞くや否や、後藤はさらに青ざめた。
そして、玄関に待たせてあった佐々木家の家人を急かした。

「すぐに追いかけなさい!」





 後藤の命令もむなしく、早苗は既に家に戻っていた。
玄関で彼女は見知らぬ男物の草履を見つけた。
 
「お客様か?」
 
 彼女は自室に戻り、女に姿を戻し身形を整えた。
そして台所に向かった。
 なぜか下女が一人も見当たらない静かなその場所で茶を淹れ、菓子とともに盆に載せた。
 仕度ができると、彼女は客間へと向かった。
 その後をクロがおとなしくついてきた。

 締め切った部屋の前に来ると彼女は膝を下ろし、障子に手を伸ばした。
しかし、その時丁度耳に入った男の話す内容に、早苗は凍りついた。





 客間にいたのは、美佳と助三郎から見ると大叔父に当たる男、二人だけだった。
二人の間には、眼には見えないが火花が散っていた。
 
「……あの女は子を生まない。もう四年だ」

「伊右衛門殿」

 大叔父の名だった。
 
「おや、ワシの名前を覚えていたのかね?」

 美佳は彼を睨みつけた。

「早苗さんのことにこれ以上首を突っ込まないで頂きたいものです」

「そういう事言わずに。良い花嫁候補が見つかってね……」

「佐々木家の、いえ、助三郎の嫁は早苗さんだけです!」

 激昂した美佳が畳を叩き、怒鳴り声を上げた。
しかし、伊右衛門はクックといやらしく笑っただけ。

「あんなどこの馬の骨か解らん女。やっぱり同じ境遇だから守りたくなるのかねぇ……」

 美佳は睨みを利かせ、彼に言い返した。
 
「関係ありません。 貴方のその勝手な思い込み、どうにかならないのですか?」

「……ふん。とにかく、あの女は実家に返して、新しい嫁はワシに任せるんだ。いいね?」

 美佳の言うことを聞かず、大叔父は先ほどの話を再び持ち出した。
 
「何度言ったら解るのですか!?」





 早苗は、驚いて声が出なかった。
 部屋には入らず、後ずさりするとその場から逃げた。
 クロは彼女の後を追いはしなかった。
その代わり、その場に留まって一部始終を盗み聞きした。




 
「あ、居らっしゃった!」

 早苗が駆け戻った先の台所では、下男や下女が集まっていた。
彼らは心配そうな表情を浮かべ、彼女を囲んだ。

「若奥様、お探ししましたよ」

「……お加減でも、悪いのですか?」

 皆腫れ物を触るような言い様。不安そうな眼差し。
 早苗は気付いた。
 彼らの心遣い、姑の気配り……
大叔父に会わせないための裏工作を、姑は今までずっとしていたのだった。
 しかし、今回それが失敗した。
 
 早苗は笑顔を無理やり作り、家人たちを安心させた。
 
「大丈夫。心配ないわ。でも、ちょっと疲れたから、夕餉まで一人にさせて……」





 早苗が自室に籠もって暫くたった夕刻、大叔父は佐々木家を後にした。
美佳は下男下女に命じ、すぐさま家中に大量の塩を撒かせた。
 そのどさくさの中、クロはそっと大叔父の後を付けた。
 彼には、彼の仕事があったからだ。