共に歩む道を
――なぁ、俺達はどれだけ一緒に戦ってきた?
たった数度、それも数時間しか会わなかった奴の言葉を信じるのか。俺達はお前にとって信頼できる部員にはなれてないのか。疑問が次から次へと心から溢れたが言葉にすることはしなかった。伝えなくてはいけない言葉はもっと別のものだからだ。
「わったーはやーがいたから全国まで戦ってこれたと思ってる」
沈黙で返す珍しく物分りの悪い男にため息を一つ零して言葉を続けた。
「感謝してるさぁ、主将」
伏せられていた瞼が緩やかに持ち上がる。覗いた瞳に平古場は最高の笑顔を送った。ふっと辺りの空気が軽くなり、目の前の木手の顔に無駄に威圧のある上から目線の笑みが浮かんだ。一つ、二つと鼓動が刻む音が聞こえる。
「君の口からそんな言葉が出てくるなんて…俺としたことが随分と弱気になっていたようですね」
すっかりいつもの木手に戻ったのが、嬉しいような腹立たしいような気持ちで平古場は口を開いた。
「…今のこと、全部他の部員にばらすぞ」
「おや?それだと君の素直な言葉も知られてしまいますねぇ」
「……」
平古場が睨みつけてもあっさりと流すいつものやり取りに、どちらからともなく笑い出した。笑い声と共に鼓動が刻み、苦しいほどの胸を焦がす感情が全身を満たす。
「練習しようぜ、永四郎」
「ええ、…その前に平古場クン」
着替える為にロッカーの扉へと向かった背中に穏やかな声がかかり平古場は無防備に振り返ると、そこにはどこから取り出したのか青々としてゴーヤを手に持つ木手が、不敵な笑みを向けてこちらを見ていた。
一瞬にして固まる平古場に、乱れた前髪を優雅にかき上げた木手の仕草で数分前の強行が脳裏に鮮やかに蘇った。
「ちょ…ま、おい」
言葉にならない悲鳴はもちろん木手には届くわけはなく空しく部室に拡散した。右手で左側のメガネのフレームを持ち上げてお決まりの言葉を紡ぐ。平古場にとってそれはある意味死刑宣告と同じだった。
「ゴーヤ喰わすよ」
「……っ、ゴーヤだけは勘弁っ!!」
全速力で部室を後にするが、もちろん逃げ切れるわけがなく、数分後に砂浜に絶叫が響き渡った。いつも素潜りの練習などをする海岸で倒れている平古場の横に座り、木手は楽しそうにその姿を眺めていた。腕の隙間から見た木手は、もう部長の顔をしていて少しだけ苦い感情が胸を締め付けた。
本当は抱きしめてこの腕の中で泣かせてやりたかった。けれど、木手はそんなこと望んだりしないことは分かっていた。誰よりも傍で見て来たから分かる。木手はどんな時もその背を伸ばして、罵倒も嘲笑も受け止めてきた。その強さが眩しくて、目を瞑っていても脳裏にはそんな木手の姿ばかりが浮かぶ。憧れから始まった恋なのかもしれない。
木手の傍にいると、嬉しいのに悲しくて、楽しいのに苦しくて、笑っているのに涙が零れそうになる、そんな相反する感情がいつだって心に渦巻いて、こんな感情捨ててしまいたいと何度も思った。けれど、こうして何度だって思い知らされる。木手の中に存在する太陽よりも、もっと鮮烈で強烈な光が心を焦がして焼き付ける。その存在を忘れることなんて一生出来ないほどに。
木手が平古場と同じ感情を抱くことなんてきっと不可能に近いから、だから特別な関係になれなくていいから、せめて一番の理解者として傍にいたいと願った。木手が胸を張って自慢できるようなチームメイトとして。今の平古場が木手を誇りに思っているように、そうありたいと二人が大切に想うこの沖縄の地で誓った。
輝く太陽と砂浜、海の潮の匂いを運ぶ風。何一つ変わらず迎えてくれるこの場所で、きっと何度だってこの胸を焦がす。