金銀花
泣きじゃくる香代を、千鶴は再び抱きしめた。黙って、香代の落ち着くのを待ち続けた。
ちょうどその頃、佐々木家で美佳は一人闘っていた。
相手は親戚の男。美佳との血縁関係は一切無い。
助三郎の大叔父にあたる男だった。
うるさい一族の中の頭領と言っても過言ではない彼は、美佳にいやみを言っていた。
「どうして、佐々木家はいつ来てもこう静かなんだろうね?」
「貴方がいらっしゃる時がいつも悪いんですよ」
「ふん。あの女は何時でもいない。助三郎の留守をいいことに実家にでも戻っているのかね?」
「あの女とはなんです? 早苗さんは息子の嫁です」
大叔父は、早苗を快く思っていなかった。
家格が低い家の娘。不在がちでいい加減な女と思っていた。
もちろん、早苗が格之進に変われることは一切知らない。
美佳は早苗を守るため、親戚が来る時は必ず息子経由で、光圀に格之進を出仕させるように頼んでいた。それゆえ、早苗はこの厄介な大叔父と顔を合わせたのは祝言の時だけだった。
美佳自身、この男にイヤな思いをさせられたので、早苗に同じ思いをしてほしくはなかった。
「まぁ、いい。千鶴はどこだい?」
「留守です」
「あの子まで居ないのかい? どういう教育をしてるんだろうね。まったく……」
必ず厭味を言う大叔父に美佳のはらわたは煮え繰り返っていた。
しかし、冷静を保ち穏やかに返した。
「千鶴に何ようですか? 見合いはお断りですよ」
男の持ってくる見合いはすべて家同士の都合しか考えていないもの。
高録の結構な歳の男の後妻、遠方の藩のまだ元服もしていない男の子の妻。そんな理不尽な見合いしか持ってこなかった。
それ故、娘を守るため先手必勝すべく早苗の父橋野又兵衛に見合いの相手を探してもらっていた。
「わかっている。あの子は結婚したくないようだからな。今日は代わりにいい話を持って来たんだ」
「……は?」
娘の見合いと、嫁の文句以外の話を持ってきた男に美佳は驚いた。
ただ、嫌な予感だけはしていた。
「水野家の話を聞いたか?」
「いいえ」
「女中をしていた長女が、お手つきになったそうだ。それで、今欠員が出てる」
「それで?」
「千鶴をやったらどうだ? あの見目なら、出世は間違いない。あわよくば水野家に続くことができる」
このとんでもない言葉を、美佳はすぐさま切り捨てた。
「お断りします」
「いい話じゃないか。助三郎の結婚は失敗したからな。千鶴は……」
「お引き取り下さい」
「美佳さん……」
なおも話を続けようとする大叔父を無視し、帰宅を促した。
「これ、お帰りですよ! お見送りを!」
すると、男は美佳を睨み暴言を吐いた。
「ちっ。罪人の娘が……」
美佳は感情を顔には出さず、さらりと言ってのけた。
「それはもう昔の話。わたしは佐々木家の女です。お引き取りを」
男は形勢不利と見て、ここはひとまず引き下がることに決めた。
「ふん。いいさ、助三郎が帰ってきたらまた来るからな」
「そうですか。お暇なことで」
精一杯嫌味を返し、大嫌いな大叔父を追い出た。
下女に塩をまくように命じたあと仏間に籠り、今は亡き夫の位牌に手を合わせた。
「どうか、早苗さんと千鶴をお守りください……」