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金銀花

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 早苗は、茶を淹れる支度をしながら話を聞いた。

「まず、男として最低限の武術、学問が不足している」

「そうか? 俺は平気だったけどな」

「お前は並の男より学問も柔術もできたからな」

 この言葉に、早苗は少しうれしくなった。ちょっとだけふざけて真面目な口調で言った。

「佐々木殿、お褒めの言葉かたじけない」

 しかし、助三郎は取り合ってはくれなかった。

「……まじめな話しだぞ。何より、一番の問題は、千鶴に男の本能に勝てる精神力が無いことだ」

 早苗は茶菓子を皿に盛る手を止め、低く聞いた。

「……さっきみたいになるってことか?」

 助三郎が自分に『男のままでいろ』と命じた理由がわかり、少し怖くなった早苗だった。

「……香代さん手籠めにして泣かせたらいかんからな」

 そういうと助三郎は茶を啜った。
早苗はそんな夫を眺めた後こんなことを言った。

「……なぁ、前から思ってたが、男って我慢するのそんなに辛くて大変なのか?」

 助三郎は盛大に茶に咽た。驚いた早苗が、背中をさすってやると咳は収まった。
 しかし、彼の顔は赤くなっていた。

「……真面目に聞くな! お前には絶対にわからん!」

「なんで?」

「お前、男じゃないだろ?」

「あぁ。見た目だけだ」

 すると、助三郎は小さな声でとんでもないことを言い出した。

「……だからさ、お前のあれ、そういう感情になっても何ともないんだろ?」

 その言葉の意味を把握したとたん、早苗は死ぬほど恥ずかしくなり、怒鳴った。

「お前のとは違う!」

 夫との生活で『男』に慣れてきたはずだったが、これだけはどうにもならなかった。
早苗の動揺をよそに、助三郎は真顔で男にしか分からないことを聞きはじめた。

「でもさ、感覚は有るだろ? ぶつけると死ぬほど痛いよな?」

 そんな痛みなど味わったことない早苗は女に戻った。
そして反撃に出た。

「スケベ! 変態! 美帆のほうが胸もお尻も大きくて女らしいくせに!」

 助三郎は驚いたが、しっかり怒った。

「黙れ! お前こそ変態じゃないか!?」

「いいえ。違います! ……いつか女にして可愛がってあげるから見てなさい」

「なんか言ったか?」

「何も!」

 少しの間、互いにそっぽを向き合っていたが、助三郎から打ち切った。

「……いかん。バカな喧嘩は無しだ。明日から千鶴の特訓をする。いいな?」

「何するの?」

「義父上に学問と私生活を頼む。義兄上に剣術、格之進に柔術。いいな?」

 この人選に早苗は疑問を抱いた。
助三郎の役目が何もない。

「なんで剣術教えてあげないの? 水戸一番の先生なのに」

「……俺はいろいろ忙しい」

「かわいい弟でしょ? なんでお兄ちゃんの……」

「弟じゃない。……妹だ」

 そういうと助三郎は突然立ち上がり、部屋を後にした。

「……助三郎さま?」

「格さんに伝言頼む。毎日柔術頼むってな!」


 早苗は夫の言動にはっとした。
泣くことはなくなったが、助三郎は立ち直ってはいなかった。
 未だ『千之助』になった元妹を受け入れられず『千鶴』と呼ぶ。
それが最たる証拠。思い起こせば、男になったと気付いた日から、会話が無くなっていた。
 そんな兄弟が気にかかった早苗だった。




 一方、助三郎は再び自分の闇に捕らわれそうになっていた。
庭に出て、一人素振りをしていたがそれが消えることがなかった。
 彼は昼間見た千之助の行動に衝撃を受けていた。性格や記憶は千鶴のままだが、思考が完全に男。
友達を女として見たうえに理性を見失い襲った。

 もし、そんな秘術を早苗が使ったら…… 
 もし、さらに強い記憶を消す秘術を使われたら…… 

 そんなことを想像するのも恐ろしかった。
突然、助三郎の脳裏にあの時の忌まわしい光景が浮かんできた。
 早苗は助三郎を睨み、名を一切呼ばず、近寄ってこなかった。

 『助三郎さま』と笑顔で呼んでくれる早苗がいなくなる。
 『助さん』と爽やかな顔で呼んでくれる格之進がいなくなる。
 
 そんなことを考えた助三郎に突然めまいと震えが襲いかかった。
手に持っていた木刀を取り落とし、立っていられなくなり地面にうずくまった。
 それに気づいた忠犬が走ってやって来て、心配そうに鳴いた。
そんなクロを見やり、安心させるように笑顔で言った。

「心配するなクロ。大丈夫だ」

「クゥン」

「お前は、ずっとそのままでいてくれ。いいな?」

「ワン」


 犬と一緒にしゃがみこむ兄を遠くから弟が眺めていた。

「兄上……」

 千之助も、薄々気づいていた。
兄、助三郎が弟ができたことを前のように喜んでくれない事。厳しい顔しか見せない事。
何より、言葉を交わせない事。
 悩み始めていた。
 
作品名:金銀花 作家名:喜世