雪柳
早苗が首を傾げている傍で、助三郎は冗談を言い出した。
「ネズミの家族、雄同士か雌同士になったら数が減るな。ハハハ」
その言葉に、早苗も笑った。
「だな。良い退治方法だ。殺さなくても済む」
しかし、突然助三郎は笑うのを止め、真剣な眼差しで聞いた。
「……だが、なんだってそんな厄介な物持ってる?」
その言葉に、早苗は明らかに動揺した。
「へっ? まぁ、念のためだ。念のため。俺の変身能力落ちないためだ」
「ふぅん」
それは嘘だった。
助三郎がおバカなことをしでかしたら、仕置きのために女の美帆に変えるつもりだった。
かわいい美帆に逢え、互いの欲求不満も解消。光圀の機嫌も直る。
そのため携帯していた。
しかし、そんなことが知られたら助三郎は猛烈に怒る。
早苗はすぐに話題を逸らせた。
「で、どうする? ご隠居早く捜さないと。この寒さだ」
「そうだな。でも、もう夕方だ。まだ戻ってない弥七に託そう」
「あぁ。……そういえば、クロはどこ行った? クロ?」
早苗が呼ぶと、クロが現れた。
しかし、なぜか足をふらつかせ、くしゃみをした。
「おい、大丈夫か?」
「なんか調子悪そうだ。風邪ひいたかな?」
そう言って夫婦二人はクロを囲み、様子を診た。
悪戯は失敗したが、違うことで構ってもらえ、嬉しくなったクロは尻尾を降った。
しかし、いつもと違い弱々しかった。
そこへ、天井から声がした。
「助さん」
弥七だった。
大抵屋根裏からしか入ってこない。
「あ、弥七。どうだった?」
彼の報告が良い物であることを、夫婦は願った。
「……ご隠居、一つ向こうの宿場に居たには居たんですがね、助さんたちの所には帰らん、一人で江戸まで帰ると言うこと聞かないんで」
光圀の所在確認だけでも二人にはありがたかった。
もしも、行方不明などとなったら、二人は切腹間違い無し。
ほっと胸をなでおろした助三郎は、弥七に言った。
「……仕方ない。明日朝一で謝りに行く」
「……わかりました。ですが、ご隠居には言わない方が、良いでしょう?」
にやりと弥七が笑った。
「……あぁ。逃げられたら困る」
そう助三郎もにやりと返した。
「……では、これで失礼しますぜ」
そう言って、弥七は去って行った。
絶対に同じ宿には泊まらない。
彼を見送った後、助三郎は再びクロに向き、笑顔で告げた。
「さて、お薬飲もうな」
「キャン!」
「わかるのか? まぁいい。格さん、薬だ」
クロに苦い薬が待っていた。
しかし、風邪には効かなかった。
なぜなら、クロは風邪をひいたわけではなかったからだ。