二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

暁光の下にて

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
背中にその日の始まりを告げる清く新しく柔らかい日の光を浴びながら、小十郎は館へと戻っていた。
 家康との対峙で痛めた右手を庇いながら、またボロボロになった黒龍はしっかり握ったまま。
 しかし、清々しい光を浴びながらも心中は清められることなくグツグツと煮えていた。
 徳川軍は退却し、政宗の道を閉ざさずには済んだが、今、勢いのある家康の何かが小十郎を焦燥させる。
 政宗の背中を預かる身として、竜の右目として、また伊達軍の軍師としてこれからどうすべきなのか。
 天翔る独眼竜の為に地を見通すには。
(落ち着かねば……)
 まずは、と深呼吸をする。
 同時に軋む身体の痛みも、落ち着かせるにはいい薬に思えた。
 耐えられない痛みではない。
 それに政宗はまだ目覚めていない。まだ。
 ぐっと歯を食い縛り、見えてきた館を見据えた時、小十郎は一瞬、息を止めた。
 簀の子の柱に寄り掛かり腕組みし、片膝を立てて座っている政宗が見える。
 足を止め、幻かと何度か目を瞬いたが、消えぬそれを確信するや全力で駆け出し叫んだ。
「政宗様!!」
階の前までくると射抜かれたように立ち止まり、心底安堵したような顔をし、大事に握っていたボロボロの黒龍が手から滑り落ちるのも気付かずにいた。
 カラン、と黒龍が地に落ちた音にハッとした小十郎は振動を立てぬように階を上ると、政宗の側で両膝をついた。
「政宗様、お目覚め下さったのはこの小十郎、嬉しく思うのですが、無理はなさらずまだ床に……」
「お前のが伏せた方がいいんじゃねーのか?」
 小十郎が言い終わる前に政宗は言った。数日伏せっていたせいか、からかいながらも語気は強くない。
「政宗様……」
「ボロボロじゃねーか。……徳川か?」
 最後の言葉は強い眼で小十郎を見る。
「は。何とか食い止めましたが……。それと徳川からの伝言で、政宗様によろしく、と」
「Hum……」
 政宗はふいと小十郎の先の朝空に視線を移した。
「同盟、か……」
「まさ……」
「苦労かけたな、小十郎」
 朝空から再び向けられた視線に、労われる喜びよりも政宗の身体の方が心配だった。
「政宗様、それよりもお身体が冷えます、早く床にお戻りに」
「お前がいねぇからじゃねーか」
「時間がかかりました事、大変申し訳なく……」
「もうとっくに身体は冷えてるぜ」
 政宗は傲岸不遜に言うや否や、腕を伸ばして小十郎に抱きついた。
「政宗様、御身が汚れます!」
「甲冑のせいで温くねぇな」
 小十郎の肩口でフフと笑う。
「ですから床に…」
 小十郎は主君に反発されても抱えてでも床に連れて行こうと身を引いたが、じっと小十郎を見据える隻眼にその動きを止めた。
 その昔、梵天丸様と呼んでいた頃の、幼く、縋るような、またそれとは違う甘いものが漂う、あおの眼。
「……分かりました」
 小十郎はそっと身を引くと、羽織や甲冑、帷子、手甲を素早く脱いだ。
 改まって政宗を見ると、政宗は両腕を差し出した。
 小十郎もそっと腕を伸ばす。
 そして静かに抱き合う。
 本人が言っていた通りに冷えていた身体に、小十郎は眉を顰めた。
 たまらず政宗の背中をさする。癒えかけの身体に障らぬように優しく。
「小十郎、じっとしてろ」
「出過ぎた真似を…」
 慌てて手を止める。
「違う、右、痛ぇんだろ」
 羽織などを脱いでいた時に、痛みに微かに顰めた顔を見られ気付かれていたのだ。
「大したことでは」
 いつもそうだ、という風に政宗が鼻を鳴らす。そして、階の側で柄もなく刃のまま転がっているボロボロの黒龍を見やり言う。
「黒龍は俺が誂え直してやる」
「政宗様……、有り難く存じます」
「家康は強かったか」
 疑問符の付かない問いに、小十郎はそっと目を伏せた。
「……そうですね」
 思う所を含ませ、応える。
「それと……、先に逝った奴等にも助けられました」
 無意識に腕に力が籠もる。
 家康も同情ではなく感じ入ったと言っていた、明け方の奇跡。
「……そうか」
 その言葉の重み。
 今の此の世では仕方のない事とは言え、上に立つ者は逃れることが出来ない重み。
 小十郎もその一端を担っているとは言え、国主である政宗とは比べるべくもない。
 抱き合い、熱を分けながらも、小十郎はもどかしくて歯を食いしばった。
 小田原の件でも嫌と言うほど自身を苛んだ、政宗に後悔させたくないという気持ち。
 それは今、誓いにすら成った。
 徐々に政宗の身体が温かくなり首に回されたかいなに力を込められると、小十郎は言い知れぬ感情が昂ぶってきた。
「政宗様……、本当に良かった……」
 政宗に、と言うよりも自分自身が実感しているかのように呟いた言葉は微かに震えが混じる。
「小十郎、どうした?」
 顔を上げた政宗の姿が滲む。
「小十郎は……」
 気付いた事に圧倒され、喉が詰まる。
「この小十郎は……っ、あなたがこの世からいなくなることが……、一番怖いのです!」
 言い終わらぬ内に熱い涙がぼろりと落ちた。
「小十郎」
 政宗は中腰になると小十郎の頭を胸に抱き込んだ。
 隠すように。
 止めたくても熱い涙と嗚咽が政宗の夜着を濡らす。
 予測できず、回避も制御もできなかったその感情の激しさに自身でも驚いた。
 そして、暫くして落ち着いてくると今度は羞恥が襲ってきた。
 政宗とは閨を共にする仲とは言え、主君の夜着を涙で湿らせるとは。
「とんだ醜態を……」
 掠れた声で呟きながら身を離そうとすると、政宗は両腕を解き、今度は両手で小十郎の顔を包む。
「死なねーよ」
 言いながら口の端をにやりと上げて、小十郎が何か言う前に政宗は口づけた。
 素早く何度か啄み、小十郎の薄い唇をべろりと舐める。
「……あ…」
 政宗は小十郎が喘いだ隙に舌を差し込み、小十郎が返してくるまで思う存分に堪能してから唇を離した。
 そして小十郎の頭をぐいと肩口に引き寄せ頭を撫でる。
「政宗様……」
「じっと抱きついてろ」
 撫でられながら政宗に抱きつき、小十郎はふわふわとしたものに逆らえなくなってきた。
 小田原での戦、奥州までの敗走、政宗が目覚めぬ為に焦燥し、先刻までは家康と対峙、感情のまま泣き、疲労は頂点だった。
 そして、政宗が目覚めたという途轍もない安堵 。
 あってはならないことだ、自分を叱咤する自分がいるのだがその声も薄れ始めた頃。
「今はいいから」
 耳元で政宗に囁かれ、赦された時、小十郎は意識を手放した。



「流石に今の俺じゃ抱えきれねーな……」
 寝てしまった小十郎の額に唇を落とし、政宗はその重い身体と共に簀の子に横たわった。
「お前がいるから俺が死ぬ訳ねーだろ」
 小十郎の額に落ちた幾筋かの髪をそっと掻き上げてやる。
 ああ見えてその実、政宗より激しいところのある小十郎の弱さを見て、嬉しくも責の重さも感じた。
「俺はお前より先に死なねーよ」
 小十郎がああ言うのなら。小十郎の主君として。
「俺だって先に逝くお前なんか見たくないんだがな……」
 呟いた拍子にぞわりとしたものが矢羽根の如く背を駆け上がった。
「小十郎……」
 政宗は規則正しい寝息をたてる小十郎を確かめるように抱きしめ安堵する。
作品名:暁光の下にて 作家名:永江 友