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諸星JIN(旧:mo6)
諸星JIN(旧:mo6)
novelistID. 7971
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橘香

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 例えば明日。
 この世界がなくなったとして。


「ねー官兵衛殿ー」
「断る」
「話ぐらい聞いてよーかんべえどのー」
「卿がそのような声を出すのは大抵私が聞き入れられない話をする時だ」
 そこは妖蛇討滅軍が本拠を置く地で黒田官兵衛に割り当てられた天幕の中のこと。
 地面より一段高く設えた床に布団を敷いてさあ寝ようとしたその時。
 夜這いにきた、と何の臆面もなく宣言してやってきた竹中半兵衛に、官兵衛は黙って布団へと入り、背を向ける。
 その態度はあんまりじゃないかと半兵衛が布団の上から官兵衛をゆさゆさと揺さぶっているところだった。
「…聞くだけであれば聞いてやろう」
 揺さぶられ続けて根負けした官兵衛が、自分の肩越しに半兵衛を振り返る。
 やった、と嬉しそうに満面の笑みを浮かべて、半兵衛が言う。
「抱かせてほしいなー?」
「断る」
「もー!」
 取りつく島もなく再び背を向けてしまった官兵衛に、半兵衛はその掛布をばしばしと叩いて訴えかける。
「そりゃこないだ途中で発作起こしたのは俺だけどさーもうそろそろ許してくれても良くない?」
「許す許さないの問題ではない。そうした行為は卿の体に負担が大きすぎる」
「だーかーらー今日は調子いいから大丈夫だって」
「断る」
 数週間ほど前の話だ。
 拝み倒されてほだされて、いよいよことに及んだその時に、こともあろうに発作を起こされた。
 己の体の上で苦しげに身悶える半兵衛を見た官兵衛は、自分が死ぬような心持ちに襲われた。
 慌てて脱ぎ捨てられた半兵衛の衣服から薬を探しだして事なきを得たものの、あのような思いをするのは二度と御免だ、というのが本音だ。
 半兵衛に背を向けたまま、官兵衛は無表情のまま、盛大に溜息を吐く。
 その様子に半兵衛も根負けしたのか、布団を叩く手が止まる。
 そのまま、ぽすん、と布団に軽い衝撃が乗った。
 ちらりと官兵衛が肩越しに見れば、そこには官兵衛のかぶった布団へと伏せるように頭を乗せている半兵衛の姿がある。
 声に出して抗議されるならまだしも、こうした無言の訴えは卑怯だ、と官兵衛は思う。
 騙されるまいと思う反面に、どうしても、胸が、疼くのだ。
 その鈍痛にも似た感覚に、ふと記憶が蘇る。
 それはつい先日、ある戦に出陣したときのことだった。


『もう少しぐらい、甘えてもいいんじゃないですかね』
 そう言った男の姿を思い出す。
 己の身長より大きな刀を肩に担ぎ、片側に傷の入ったその頬を笑ませて、その男は言う。
『こんなデタラメな世界、長続きはせんでしょう?』
 男は片手の掌を空に向けて肩を竦めてみせる。
『明日か、今日か…もしかしたらもうこの次の瞬間に、この世界は終わっちまうかもしれない。そしたら一体、どうなっちまうんですかね?』
『この世界もろともに消失するか、また別の世界へ飛ばされるか、あるいは何事もなかったように元にいた世界に戻るか、であろうな』
『で?その場合にまたあのお人と出会える可能性は?』
 世界もろとも消失するならまだしも。
 別の世界に飛ばされるとした場合、再び合流できる可能性は低い。
 元の世界に飛ばされるとした場合、私が元いた時間へと戻されるのであれば、そこには、もう。
『…折角また会えたんでしょう?少しぐらい甘えたってバチはあたりませんよ?』
『卿は…』
 余計な世話だと思わなくもない。
 この男は何を思ってその話を自分へと持ちかけるのか。
 よりによって、その話を、だ。
 なので、少しばかり意趣返しがしてみたくなった
『卿はそれをわかっていながら、あれと共にいるのか』
 そう切り返せば、その男は曖昧に笑って。
『嫌じゃないですか?ああしておけばよかったって後悔できるならまだしも、後悔すらできないかもしれない、なんて』
 納得した。
 遠くない未来に喪うものを知っている。
 似ているのだろう、この男とは。
 似ているが故に、放っておけなかったというところか。
『忠告、痛み入る』
 だが、素直にその忠告を聞いてやる義理はない。その時は、そう思った。
『それがわかっているならば、卿こそ深入りはせぬことだ』
『生憎と、深入りできるほど若くもなくってね』
 再び肩を竦めて笑うその男の笑顔は、どこか哀しいようにも見えなくもなかった。
作品名:橘香 作家名:諸星JIN(旧:mo6)