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諸星JIN(旧:mo6)
諸星JIN(旧:mo6)
novelistID. 7971
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橘香

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 何ゆえ今この時にあの話を思い出すのか。
 官兵衛は記憶の彼方から再び眼前で掛布に伏したままの半兵衛を見る。
 つれなくしたい訳ではない。
 ただ、己は。
「半兵衛」
 声をかけても半兵衛は顔を上げもしない。何か思惑があるのか、策でも練っているのか、それとも。
 だが考えたところで、結局行き着くところは同じなのだ。
 官兵衛はもう一度軽く溜息を吐き、腹をくくったように布団から身を起こし、半兵衛の背へと手を伸ばす。 その襟首をまるで猫でもぶら下げるように引っ掴んで、自分の寝ていた布団へと引き倒した。
「っ!?官兵衛殿!?何!?」
 さしもの半兵衛もそれは想定外だったらしい。
 驚いた顔を見せる半兵衛に、してやったりと無意識の内に官兵衛の目元が笑む。
 尚更驚いたように硬直する半兵衛を、向かい合ったままその両脇の下から両腕を差し入れて抱きしめ、再び布団へと横になる。
「ここまでだ」
 布団の上で並んで横になったままそう告げる。
 驚いた表情のままで官兵衛を見ていた半兵衛だったが、徐々に状況が飲み込めてきたらしく、その顔がみるみる内に紅潮する。
 嬉しさを隠そうともせずに官兵衛の首へと両腕を回して自ら抱きつき、その鎖骨のあたりへと頬を擦り寄せて。
「かんべえどのー!」
 随分と甘い声を出して頬を擦り寄せるその様子だけを見れば、まるで猫か何かのようだ。
 官兵衛は、そっと半兵衛の背を抱き寄せる腕に力を込める。
 冷たくしたい訳ではない。
 ただこうして再び出会い、言葉を交わして、共に過ごせるこの時が。

 短くなることだけがこわい。

「ね、ね。口吸っていい?」
「断る。それだけではおさまるまい?」
「ちぇー」
 不満そうに言う半兵衛にもう少しぐらい譲歩するべきだったかと眸を僅かに翳らせる官兵衛に、半兵衛はにっこりと、笑う。
 他の者にはわからない変化かも知れないが、半兵衛には、それだけで十分に伝わっていた。
 官兵衛の首へと回していた手でその頭部を引き寄せると、官兵衛の額へと触れるだけの口付けをする。それはとても軽い、羽のような口付けだった。
「じゃ、これだけにしとくよ」
 先ほどとは逆に、してやったりと笑う半兵衛に、官兵衛はふう、とまた溜息を吐く。
 ぐい、と半兵衛の背を引き寄せて、官兵衛から半兵衛の額へと口付けの返答が返る。
 想定外の反撃に言葉を失った半兵衛に、官兵衛は、思わず、微笑んで。
「今宵は随分と珍しい顔を見せるな?」
「えっ!?ちょっこっちの台詞だよそれ!?」
 呪縛が解かれたように硬直の解けた半兵衛はまた頬を紅潮させ、そんな顔を見られたことが恥ずかしいというように、官兵衛の胸元へと顔を埋めてしまう。
 この状況で顔を上げられても困る。
 官兵衛はそんな半兵衛の背を宥めるように撫でている。
 しばらくそうして言葉も交わさないままの時間が過ぎた頃、半兵衛がぼそりと呟いた。
「…この世界、来てよかったなー…」
 それの意図するところは読めない。
 官兵衛は、自分の胸元にある半兵衛の黒髪を見下ろす。
 その脳の考えることは分からないが、今の自分の気持ちを率直に言うならば。
「…私もだ」
 告げた言葉にばっと顔を上げた半兵衛が見せる嬉しそうな顔を直視するには耐えかねて。
 半兵衛の背を抱いたまま、官兵衛はそのまま瞼を閉じて眠ってしまうことにするのだった。
作品名:橘香 作家名:諸星JIN(旧:mo6)