君影
「……お願い、今日だけでいいの、今日だけ。もう少しここにいて」
曹操の目を見上げて懇願すれば、今度こそ曹操は本気で驚いたように、軽く目を瞠った。
「おまえがそんなことを言うなど、驚いたな。本当にどうした? 何かあったか?」
「何も……ううん、何もじゃないけど。ただ、夢が」
「夢?」
夢見が悪かったのかと尋ねられるが、あれを悪夢というべきではない気がした。かといって最高に幸せな夢とはとても言えない。少しばかり悩んで、結局関羽は首を振った。
「そのうち、話すわ。だからお願い、ここにいて……」
返事の代わりに、強く抱き寄せられる。曹操の胸に顔を埋めると、とくりとくりと心臓の鼓動が感じられた。あちらの関羽は、こんなふうにして曹操を感じることがあるのだろうか。あるかもしれない、ないかもしれない。関羽にわかるのは、ここが自分の居場所だということ、この人が愛おしいということだけだ。
ずっとこうしていたい。ただお互いの存在を感じて、ゆったりした時を過ごしていたい。
「好きよ、曹操。貴方が好き……」
「私もおまえが愛しい、関羽。この世の誰よりも」
肩口に、曹操の唇を感じる。反転した視界の隅に、陽光の降り注ぐ庭が見える。眩しい白色をした鈴蘭がひとつ、風に揺れた。