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風香の七日間戦争

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一日目 「風香が来た」


 小岩井は翻訳の仕事が一段落し、自宅の仕事部屋でしばらくぼんやりしていた。
五歳になる彼の養女・よつばも、隣に住む小学四年生の綾瀬恵那が夏休みに入ったため、一緒にどこかに出かけて家にはいない。
小岩井はこの静けさを満喫していた。
しかし玄関のチャイムの音が、その静けさを破った。

 下に降りてみると、恵那の高校生の姉・綾瀬風香が大きなバッグを持って玄関に立っていた。
栗色の髪をショートヘアにした元気な美少女で、Tシャツにデニムのミニという、いつものラフな格好である。
Tシャツを着ているため、風香の大きな胸が強調されている。
「えへへ、鍵が開いてたから入ってきちゃいました」
「それよりその荷物どうしたの。いやここで立ち話もなんだ。とりあえず居間に行こう」
小岩井は風香のバッグを持ってやり、居間へ移動した。

「あ、私お茶入れます」
「うんお願い」
しかし相変わらず洗い物がそのままになっている。
「小岩井さーん、食器はこまめに洗ってくださいねー」
「あはは、ごめんごめん」
風香は荷物の中からエプロンを取り出し、身につけ台所に戻る。
やっと洗い物が終わり、お茶を持った風香が居間にやって来た。

「ありがとう、助かったよ。それじゃいきさつを聞こうか」
「はい。うちの家族ってひどいんですよ。家の手伝いとか買い物って、ほとんど私がやってるんですけど、私の買ってきた牛乳はおいしくないって言われたり、取っておいたシュークリームがなくなってたり、ウクレレを弾いたら大不評だし、脚が太いとか……」
最後の方は家事はもうまったく関係がない。
「へえ、風香ちゃんてそういうことでは怒らない女の子だと思ってた」
「私だって普通の女子高生ですよ。だから家出してきたんです」
「……へ?」
「い・え・で、です。小岩井さんちに」
「普通家出って隣の家とかじゃなく、もっと遠くに行かない?」
「いいんです。お金ないし」
この大荷物はお泊まりセット数日分かと、小岩井は納得した。
「あのー、それで小岩井さん。家事全般やりますから、しばらく置いてもらえませんか?」
「俺は構わないけど、おうちに知らせてきた?」
「はい! 手紙を置いてきました!」

 そのころ綾瀬家では、母親が風香の手紙を読み、ため息をついていた。
「お母さん、風香知らない?」
母親は風香の姉・あさぎに、風香の手紙を見せる。
「何これ。『思うところがあって小岩井さんのところに家出します。探さないでください』、って風香、小岩井さんのところに行ったの!?」
母親は肩をすくめる。
「ふーん、風香も思いきったことしたわね。お母さん心配じゃないの?」
「風香が自分で決めたことだからね。小岩井さんも大人だし、風香ももう結婚できる年だし、私はそんなに心配してないわよ」
「お母さんがそんなに物わかりがいいとは知らなかったわ」
「私はあんたの方が心配だわ。長女なのにこんなにやさぐれちゃって」
「やさぐれてないわよぉ」

 小岩井は念のため綾瀬家へ電話をかけ、結局風香を二、三日預かることになった。
「小岩井さん、私二、三日じゃなくてもっといたい」
「いやそれぐらいで帰った方がいい。世間体もあるし、第一俺がオオカミになるかもしれないぞ?」
「それでもいい」
「え?」
「なんでもない! じゃあお夕飯の買い物に行ってきますね。何か食べたいものありますか?」
「ああ、俺も買うものがあるから一緒に行こう」
「よつばちゃんは大丈夫なんですか?」
「帰ってきたら綾瀬さんの家へ行くらしいから大丈夫だろう」

 二人は買い物に出かけた。
「小岩井さん、腕組んでいい?」
「え? あ、うん」
風香はうれしそうに、小岩井の腕に自分の腕を絡ませる。
小岩井はその腕に伝わる風香の胸の柔らかい感触に、しばし心を奪われてしまった。

 商店街を通って行くと、魚屋から威勢のいい声をかけられる。
「奥さん! 今日は鰻が安いよ! 若奥さんてば! これで旦那に精をつけてやんな!」
風香は自分に言われていることにしばらく気がつかなかった。
しかしエプロンを着けて小岩井と腕を組んでいる姿を見れば、誰でも幼妻と勘違いする。
風香は自分の姿に気が付き、顔を真っ赤にして小岩井を人のいない方へ引っ張って行った。
とりあえずエプロンを外す。
「あー恥ずかしかった。エプロン着たままだったんなら教えてくださいよぉ」
「いや女の子ってそういうもんなのかなって思って」
「普通は着て行きませんよぉ」

 まず小岩井の買い物をすることにした。
中古パソコンの店に入って行く。
「小岩井さんてパソコン詳しいんですか?」
「いや、詳しくはないんだけど、商売道具だからね」
(小岩井さんてこんにゃく屋さんだよね)
(こんにゃく作りにパソコンて何に使うんだろう)
「使いやすいキーボードにコーヒーを飲ませちゃってね。もう売ってないやつだから中古であるかなと思って」
(キーボードもコーヒー飲むの?)
「あー! あったあった。これ買っていこう。風香ちゃんはパソコンて使う?」
「私は全然です。恵那はすごいですよ。小学校のパソコンで肩たたき券作っちゃいますから」
「へえ、今時の子って感じだねぇ」

 キーボードを買ったあと、二人はスーパーへ向かった。
すると前方から見知った顔が来る。
風香の友人の”しまうー”こと日渡である。
(ここでしまうーに会うのはまずい!)
(しまうー、小岩井さんの顔も知ってるし)
「小岩井さんこっちへ!」
「ん?」
二人は別な道からスーパーにたどり着いた。

「さて晩ご飯何にしましょう」
「うーん、何にしようかなあ。よつばがいればすぐ決まるんだけど」
「そう言えば、小岩井さん昔ここでシーフードカレーについて語ってましたね」
「ああ、そんなこともあったねえ」
「あのー、小岩井さん。今日の晩ご飯、よつばちゃんにハンバーグカレー作ってあげたいんですけどダメですか?」
「別に構わないけど大丈夫なの?」
「まかせてください!」
二人は材料を買って家に戻った。

 しばらくするとよつばが帰ってきた。
よつばの顔も、緑色の髪を後ろで四方に縛った頭も泥だらけである。
「ただいまー! ふーかいるかー!?」
「よつばちゃんお帰りー」
風香が台所から顔を出す。
そして泥だらけのよつばを見て、その顔と髪をタオルで拭いてやった。
「よつば、重大発表ー!」
居間で小岩井が大声を上げると、よつばが正座をする。
「今日から風香ちゃんが学校の勉強のため、しばらくうちに泊ることになりました」
「よつばちゃん、よろしくね」
「そしてその間、風香ちゃんがご飯を作ってくれます」
「ふーかごはんつくれるか?」
「失敬な」
作品名:風香の七日間戦争 作家名:malta