風香の七日間戦争
風香が台所に戻っていくと、よつばもついてくる。
「あれー? これハンバーグ?」
「そうだよー」
「ふーかはやっぱりハンバーグさまだ!」
「だからその呼び方やめて」
「よつばもハンバーグつくるー」
「それじゃ手を洗って、これをこねてね」
よつばは一生懸命こね始める。
しばらくこねていると、風香が声をかける。
「はいストップー。それじゃお肉をちぎって両手でキャッチボールしてから丸くしまーす」
「うーと、できたー!」
「はい、最後に真ん中をへこませてー」
「なんでへこます?」
「こうすると焼いたときに、ハンバーグの形が変にならないの」
「とーちゃんやらなかった。だからかたちへんだった」
「じゃあ今度お父さんに教えてあげてごらん」
ハンバーグの方は後は焼くだけである。
そして途中だったカレーの準備をする。
「そろそろかな」
鍋にルーを入れるとよつばが反応した。
「カレー! カレーのにおい!」
「そう、今日はハンバーグカレーなのだ」
「えー! ダブルだ! きょうはなんのひだー!」
風香はカレーの味見をする。
味はよつばのために甘口にしてある。
「うん。我ながら上出来」
「よつばもー。よつばもたべるー」
味見をするとよつばは目を輝かせた。
「じゃあハンバーグを焼いたらご飯にしようね」
風香は三人分のハンバーグをさっと焼く。
なかなか手慣れたものである。
「よつばちゃん、お父さん呼んできて」
「わかったー。とーちゃーん! ごはーん!」
小岩井が二階から降りてきて食卓につく。
「とーちゃん、ハンバーグカレーだぞ。ハンバーグカレー」
「うん、うまそうだな」
風香が食卓について全員そろった。
「いただきます!」
みんなが食べ始める。
「うまい。うまいよこれ」
「おいしいですか? よかったぁ」
風香が照れながら言う。
よつばを見ると、物も言わず一心不乱に食べている。
「こいつが物も言わず食べてるってことは、相当うまいんだな」
風香はなぜか赤くなってしまった。
食事が終わり後片付けも終え、居間でお茶を飲む。
「しかし風香ちゃんがあんなに料理上手だとは思わなかったよ」
「ふふーん、これからは五つ星シェフと呼んでください」
「ふーか、てんとうむしのシェフなー」
「それじゃあ風呂に入るか。もう沸いてるから風香ちゃん先に入ってくれる?」
「はい、わかりました」
「よつばもふーかとはいる!」
「おまえ、それは風香ちゃんに迷惑だろう」
「私恵那をお風呂に入れてたから大丈夫ですよ」
「じゃあすまん。お願いするよ。バスタオルとか出しておいたから」
風香はよつばと風呂に入っていった。
小岩井が居間で雑誌を見ていると、二人の笑い声が聞こえる。
しばらくして、風香とよつばがパジャマ姿で風呂から出てきた。
よつばが小岩井に報告する。
「とーちゃん、ふーかのおっぱいすごいおおきいぞ」
「こっ、こらー!」
小岩井が風香の胸を見ながら答える。
「うん、確かに大きいな」
風香は腕で胸を隠し、ジト目で小岩井を見る。
「ほんとにこのおっさんは!」
「じゃ、じゃあ俺は風呂に入ってくるんで」
風香はテレビをつけた。
何とはなしに画面を見ていたが、ふとよつばに話しかける。
「ねえ、よつばちゃん。お父さんて……」
見るとよつばは既に眠っていた。
よつばを抱き上げ、寝室まで運ぶ。
「またお布団敷きっぱなしなんだから」
布団を整え、よつばを寝かせてやる。
居間に戻りしばらくすると、小岩井が風呂から上がってきた。
「よつばちゃん眠っちゃったんで、寝室に寝かせました」
「ありがとう。もう寝ちゃったのか」
小岩井は腰を下した。
テレビを消したので、時計の音だけが聞こえる。
静けさの中、風香が口を開いた。
「小岩井さん、なんで私が”家出”したか聞かないんですか? さっきの話を本気にしたわけじゃないですよね」
「うん。まあさっきの話がすべてだとは思わなかったけれど、風香ちゃんなら話したくなったら話してくれると思ったし。それとも今話してくれる?」
風香はしばらく考えてから答えた。
「いえ、今はやめときます。もう少し気持ちの整理がついてから」
「そうか、それじゃ寝ようか」
小岩井は風香の荷物を持って、二階の空き部屋に案内した。
既に布団が敷いてある。
「何もないけどここ使って」
「はい。ありがとうございます」
「それじゃおやすみ」
部屋から出ていこうとする小岩井を、風香は呼び止めた。
小岩井が振り向いたそのとき、風香はその唇を小岩井の唇に一瞬だけ重ねる。
小岩井が固まっていると、風香は照れくさそうに、おやすみなさいとドアを閉めた。
布団に入った風香は、自分の唇を指でなぞり今の出来事を反芻する。
生まれて初めてのキス。
その幸福感に、風香は眠れそうになかった。