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小鳥遊ちとせ
小鳥遊ちとせ
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甘味欠乏エブリディ

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だからキミが足りないんだ!


【甘味欠乏エブリディ】


かちゃんかちゃんと陶器が奏でる音が閑静な室内に響く。音の出所は、来客用に設えた簡易キッチン。簡易とは言え嫌味なくらいに豪奢な学校に見合う程度の装飾を施されたそこは、この部屋を、そしてこの学校を纏める彼の使いやすいようにいつも綺麗に整理されている。

誰だっけな、台所を見れば持ち主の人となりが分かるって言ってたのは…。そこまで考えて、アルフレッドは顔をしかめて見せた。厭な顔を思い出したからだった。


「…たく、来るなら来るって言いやがれこのメタボ。お前の頭にゃ反省っつーもんがないのかばぁか」


ぽこぽこ怒りながら紅茶を淹れているのは、この部屋の支配者及び生徒会長、且つ俺の恋人(だと思ってるのが俺だけじゃないことを切に祈る)であるアーサーその人だ。
いつものように「遊びに来たんだぞアーサー!」と襲撃すると、いつものように「バカぁ!連絡入れてから来いって言ってるだろ!」と、ぽぽぽと頬を赤らめたアーサーが迎え入れてくれた。

――否、今日は"いつものように"とはいかなかったけど。


「…………」


むむ、と唇が歪むのが分かった。思い出すだけで腹が立ってきて自然と眉が釣り上がる。
この感情を何というのかくらいアルフレッドは知っているつもりだけど、冷静でなんていられない。いられるものか。

視線を上げると、忙しく動くアーサーの背中が見える。てきぱきと手際よく茶葉を温めたティーポットに入れ、沸騰した湯を高めの位置から流し込む。
揺れるくすんだ金髪に誘われるようにソファーから腰を上げ、彼の後ろに傍立つ。
コトリと蓋を閉めて一息ついたアーサーを後ろから抱きしめて、彼の項に唇を寄せると、面白いくらいに彼はびくんと震え飛び跳ねた。


「ちょっ、アル、おま、何してんだよびっくりするだろっ!」

「俺の気配に気づかないなんて許せないんだぞアーサー!キミは何してたって俺に気付かなくちゃいけないんだぞ!」

「無茶言うなよバカ!コラ、紅茶が悪くなるだろ!離れろってば!」


結構本気で嫌がってるアーサーを無視してぎゅうぎゅう抱きしめたままでいると、腕の中の愛しい人は盛大に溜息をついて、コアラになったアルフレッドを放置して、ティーポットの蓋を開けた。
ふわり、と揺らいだ白い湯気の向こうを覗き見ると、澄んだ琥珀色の液体が、白い陶器に映えてゆらゆらと波紋を作っている。
温めたウエッジウッドのティーカップに一滴残さず注ぐと、ダージリンの上品で柔らかい香りが鼻腔に届いた。

「ホラ、紅茶入ったぞ。そこどかねーと持って行けないだろ?子供じゃねーんだから駄々こねんじゃねぇ、アルフレッド」

「………」

相変わらずアーサーの首筋付近に鼻と唇を押し付けているアルフレッドに、アーサーは小さく呆れたように溜息を吐いて、次いで、ちゅっと音を立てて頬に口づけする。
それは拗ねた幼い子供をなだめる仕草であって、恋人にするそれではなかった。それを証明するように「良い子だから。な?」と頬を撫でてきた恋人に、アルフレッドはむっとした表情を隠さないまま、無言でアーサーを抱きあげ肩に担いだ。「は?」と驚きに声を上げ目を丸める彼もさくっと無視する。知ったことか。

子供じゃないって言ったくせにキミのやることは子供に対するものだ。KYはどっちだ。


「ちょ、コラ!!降ろせってばなにやってんだよアル!!」

「うるさいんだぞ。あんまり暴れると、キミの大事なウエッジウッドが木端微塵になるかもね」


抱え直しながらカップに手をかけわざと揺らして見せると、頬を朱に染めて暴れていたアーサーはぴたりと身動ぎをやめた。
彼の紅茶にかける想いは淹れ立ての紅茶より熱い。少し気に喰わないが利用できるものは利用させてもらおう。

押し黙ったアーサーを抱えカップをふたつ持った不安定な状態のままソファーに歩み寄り、テーブルに片手で器用にカップを並べた。次いで彼を抱いたままソファーに座る。二人分の体重がソファーにかかって、ギシリと重く軋みを上げた。
体重分へこみ皺が寄ったソファーに張られた皮を見るともなしに見ているアーサーを、後ろからぎゅうと抱き締め先ほどと同じように鼻を首筋に押し付ける。しっとりと濡れたそこは、優しくも欲望を掻き立てる彼の匂いがした。

「…おい、アルフレッド」

「キミは少し黙って紅茶でも飲んでるといいんだぞ」

ちゅっちゅっと首筋に唇を押し付け始めたアルフレッドに、今日何度かも分からない溜息を吐いて、アーサーは仕方なさそうにテーブルに手を伸ばしカップを取る。
紅茶は淹れ立てが美味しいに決まってる。風味を損なわないうちに飲まんとするのは紅茶好きの性である。従ってアーサーは、アルフレッドの過剰なスキンシップも然程気にすることもなく紅茶に口をつけた。

基本的に欧州はスキンシップの激しい国であるため、こういう行為は慣れっこだった。現に隣国の変態薔薇族はこれ以上の過剰なスキンシップを好む。
先刻も後ろから抱き締められて、項から首筋へ、胸元へと舌を伸ばしてきた彼を流石にやり過ぎだと殴ったばかりだった。



――と、ふとそこまで思い至って、アーサーは今の状況の原因となるものに気付いた。



「なぁ、アル」

「……なんだい」

「お前、もしかしてフランシスの奴に嫉妬してんのか?」

「?!」


ぴしりと固まったアルフレッドを見て、なんだ図星かとアーサーは得心がいった。さっきからの不審な行動やら過剰なスキンシップはアレが原因か。
身動ぎせずにアーサーの腰に腕を回し執拗に体を押し付けるアルフレッドに、アーサーはゆるりと笑みを向けた。


「ったく、しょーがねーなー」


でへへとかうふふとかそんな笑みを形作らないように必死に堪えながら、アーサーはカップをテーブルに置くとくるりと向き直り、アルフレッドの髪をわしゃわしゃ撫でてやった。この愛情表現がアルフレッドにとっての"子供扱い"に相当するとは欠片も思わずに。

当然むすっと唇をひん曲げ眉を顰めたアルフレッドは、「子供扱いするなって言ってるだろ」と拗ねたようにその手を跳ねのける。それが可愛くてアーサーはまた彼の髪に、頬に手を伸ばす。それをアルフレッドは跳ねのける。救いのない辺り、まるでタチの悪いいたちごっこだ。

業を煮やしたアルフレッドは、ふとテーブルの上の紅茶に気がつく。恋人とも兄弟のものとも取れない遊びに興じている間に、湯気は消えて温んでいるようだった。けれど、良いアイディアが浮かんで内心にやりと笑うと、アルフレッドはカップ手に取り腰を跨いで座る恋人にそれを差し出した。


「飲ませてくれよ、アーサー」


きょとん、と。目を丸める可愛い恋人の手にカップを握らせると、ゆるりと微笑を浮かべて見せた。


「もちろん、キミの口から」

「………………んなっ」


数度の瞬きのあと、その言葉の意味を理解したアーサーは、かーーーーーーーーっと頬を朱に染め抜いた。