少年純情物語中沢くん
中沢はバトルアクションヒーロー漫画にすっかり夢中になっていた。
強大なる悪の大帝国に立ち向かう、選ばれし戦士たち。
立ちはだかる強敵、派手な必殺技、そして仲間たちの愛と友情……
興奮して読み続けていたら、いつの間にか二時間以上が過ぎていた。
外はすっかり日が沈み、駅前は街灯や店のライトに照らされていた。
「あーあ、もうこんな時間か……」
駅前を後にして、住宅街へと戻っていった。
街灯が少なく、暗い道を歩いていく。
ガサガサガサ!
家の茂みから、何者かが飛び出してきた!
「ぶにゃ〜」
黄土色のネコだった。
「何だ、ネコか……」
しかし夜道ということもあって、少し怖かった。
十字路に差し掛かると、右の方から走るものが見えた。
「またネコ……? いや、ウサギ……?」
真っ白な体に赤い目。そいつは一見、ネコにもウサギにも見える。
しかし鼻もヒゲもなく、耳の下には異様に長くて太い毛がぶら下がっていた。
「見たこともない生き物だ……」
好奇心にとらわれた中沢は、その生き物の後を追おうとした。
その時、また右から走る人影が見えた。
「あ、あれは……!!」
私服に着替えてはいたが、塀を飛び越えながらなびくさらさらストレートは、
間違いなく暁美ほむらのものだった。
「暁美さんも、追ってるのか? よし、俺も……!」
中沢がほむらの後を追う中、ほむらが何かを取り出すのが見えた。
(モデルガン……?)
それは間違いなく拳銃だった。逃げる生き物を、ほむらは銃で撃ち続けた。
ピュン! ピュン! ピュン!
ピンク色に光る弾が生き物目掛け、容赦なく放たれる。
(おいおい嘘だろ、動物虐待かよ!?)
ほむらを止めようと、中沢は必死に走る。しかし身体能力に差がありすぎた。
疲れが出て速度が落ちる中沢に対し、ほむらは何の疲れも苦痛もなく走り続ける。
二人の距離はどんどん広まり、とうとうほむらを見失ってしまった。
「はあはあ……く……さすが超天才児か……」
両手を道路に着け、息も限界の中沢。
「暁美さんが……そんな、ありえない……」
転校初日から脚光を浴びた天才。クールな雰囲気を放っても、
決して傷つけるような人じゃない。
学校でいつも一人でいても、人に冷たく当たらない。
そんな彼女が動物虐待なんて、とても信じられないことだった。
「見間違い……だよな。うんうん。あれはただのイカれた通り魔だ。
暁美さんなんかじゃない。」
最強で、人望あるクラスメイトを疑うなんて、最低の恥だ。
気を取り直し、中沢は立ち上がる……が、走りすぎて、もう歩くことさえ苦しかった。
「はあ……はあ……ふう……」
歩くたびに、周りの景色が見づらくなる。夜道、しかも激しい疲労のうえだ。
中沢の視界がどんどんと黒く染まっていった。それでも何とか見開いた。
しかし、そこで中沢が目にしたものは……
住宅街の道路ではなかった。奇妙な絵があちこちに描かれ、異形のオブジェが立ち並ぶ。
ジャキジャキジャキジャキ!!
ハサミが切れる音とともに、無数の蝶が舞い、
ちょびヒゲの妖精みたいなのがぞろぞろと現れる。
「は……ははは……疲れすぎて、幻覚でも見えちゃってるのか……」
ちょびヒゲたちが、中沢のもとにやってくる。
(怖い、怖い……!!)
とうとう恐怖が意識を通り越し、中沢は倒れこんでしまった。
何一つ見えない、真っ暗な世界。一体何が起きているのだろうか。
ハサミの音に合わせ、狂気に満ちた歌声が、途切れ途切れに聞こえる。
これが、地獄というやつか?
だが、人の声らしきものも聞こえ出した。
「あーもう、どうなって……」
「やだ……」
「冗談……私たち、悪い夢でも……」
途切れてはっきり聞こえないが、聞き覚えのある声だった。
そう、いつも教室で聞いている……
でも恐怖の真っ只中、そんなこと考えている余裕などなかった。
ところが突然、音が止んだ。ハサミも歌声も。そして真っ暗な視界が、
だんだん黄色い光に包まれていく……
辺りが黄色く包まれた直後、激しい音が鳴り出した。
ズドドドドドドドドドドドドドド!!!
銃声だろうか。今のようなマシンガンではなく、
もっと古い火縄銃やらマスケットやらが、何十発も撃ち出されているような音だった。
音が止むと、視界は再び黒く閉ざされ、それ以降、何も聞こえなくなった。
何が一体、どうなっているんだか……
沈黙の中、誰かに体を持ち上げられるような感触がした。
そして後頭部に、柔らかいものが当たる。
何なんだろう、気持ちいい。さっきまでの恐怖が嘘のようだ……
「ん……んんん……あれ、ここは……」
目が覚めると、そこは知らない建物の中。非現実的なものは、何一つなかった。
「気がついた? でももう大丈夫よ」
目の前で女の人が、こちらを見続けている。
左右を縦ロールに巻いた髪が印象的なその人は、優しい笑みをこちらに向けていた。
(ああ、なんてきれいな人なんだ……)
そして自分の頭が彼女の膝の上にあることに気づき、中沢はすっかり放心状態になった。
「あ、あなたは……」
「私は巴マミ。あなたと同じ、見滝原中の生徒よ」
「ありがとう、ございます……」
「どういたしまして。さあ、もう立てるでしょ」
「はい……」
マミに癒され、すっかり元気になって立ち上がる中沢。
周りを見ると、見覚えのある顔に二つ、気がついた。
「あれ……鹿目さんに、美樹じゃないか。どうしてこんなとこに?」
そこには、まどかとさやかが立っていた。
「ええと、これはその……ね……」
「そうそう、あたしたちは……」
何とか二人が答えようとすると、マミが説明した。
「二人ともここに迷い込んじゃったから、私が助けたのよ」
「そうなんですか(あの声は、やっぱり鹿目さんと美樹だったのか)」
「もう遅いから、お家に帰りましょう。家族も心配しているわ」
(げえっ……)
それを聞いて、中沢は焦った。
(はあ……帰ったら母ちゃんに何言われるか……今夜は飯抜きだろな……)
「はい。わかりました……今日はありがとうございました」
中沢は、一礼して建物を後にした。慌てて急ぎ、自宅へ向かう。
(それにしても、本当に優しくてきれいな人だったな……また、会えるかな……)
家に帰る途中、中沢はずっとマミのことを考えていた。
また、会いたい。会っていろいろおしゃべりしたい。
純情な少年の、小さな恋心の芽生えであった。
第一話 終
作品名:少年純情物語中沢くん 作家名:おがぽん