夜恋病棟・Ⅲ
「我が戻れば、もうアーサーは消さないあるな。」
「えぇ、当然です。」
「だったら、我は行くある。」
アーサーの目の前に立っていたのは、部屋全体の広さも在りそうな大きな黒い翼を広げ、細長く伸ばした瞳孔を持つ耀が居たのだ。
まさか、そんな…。
「あ、悪魔…」
やっと発せられた声がそれだった。
耀が悲しそうに目を細める。
翼の大きさも、菊と比べれば数倍は大きいもので、尻尾も生えていた。
猫のような眼でアーサーを見ると、彼に手を近付けさせた。
放心状態のアーサーの額に手を置くと、彼の全身の傷がみるみる消えていく。
全ての傷が閉じると、耀はアーサー、と彼の名を呼んだ。
「そんな、嘘だ。」
「隠してたのは悪かったある。最初から、我は気づいていたあるよ天使アーサー。我は悪魔ある。しかし、悪魔の仕事中に我は抜け出し、そして誰にも気付かれないよう人間界に溶け込んだある。しかし、あそこにいる菊には通用しなかったみたいある。もう、下界に帰らねぇと。」
「耀…俺を…殺すのか。」
天使と悪魔が出会う瞬間、その時からお互いはお互いを殺さなければならないのだ。
「…さよなら、アーサー。」
耀は何も言わず、ただ別れを告げてアーサーの前で翼を羽ばたかせた。
そしてベランダへ出ると菊と共に飛び去ったのである。
…後に残ったのは、部屋中に飛び散ったガラスの破片と、暖かい溢れた紅茶と、アーサーの悲痛な泣き叫ぶ声だった。
(続)