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和弓と矢

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パチパチと軽い拍手が静かな弓道場に響いた。

弓置きに弓を置いた菊は慣れた手つきで右手に嵌めた薄茶色の弓懸を外すと手拭いで汗を拭った。

「すげー、本当に一発で当てたある!」

ちらりと声の主を見る。

「約束は守ってもらいますからね。」
「わかったあるよ。」

後ろの方の涼しい場所で腕捲りをして長い髪をポニーテールにした耀が伸びをした。

菊と耀は一歳違いの昔からの近所付き合いで偶然にも高校まで同じ学校に通う事になった仲なのだ。
その為登下校は毎日一緒で周りからは仲の良い兄弟みたいだと微笑まれた。

耀は家庭科部で菊は弓道部と漫画研究部に所属している。
部活終了は耀の方が早いが、菊が終了するのを涼しい部室で待っているのだ。
そんなある日突然登校時に耀が弓道部を見に行きたいと言い出したのだ。
一体何があったか分からないがそんな申し出は初めてで驚いた。
しかし今日は弓道が無い日だったから漫研で同人誌の続きでもと考えていたのにと心の中で少し舌打ちをしたが、ふとある事を思いそれを条件に承諾した。

「私が的に一発で当てられたら耀さんの好きな人教えて貰いましょう。それでどうです?」
「え?別に良いあるよ。」

耀は学校でも有名な美人。
その為彼に纏わる噂は年中絶えないが、最近の話では彼に好きな人が居るのだというのが濃い。
まさかとは思ったが噂は本人に届く筈も無い。
しかし面と向かって耀に聞けない菊はずっともやもやとしていた。

ここだけの話、菊は耀が好きだ。
もちろん、恋愛対象として。
しかしそんな事言える様な性格ではない菊はずっと言えずに遂には何時女性と付き合ってもおかしくない高校生まで引き摺ってきたのだ。
今なら伝えられるのでは無いか、伝えられなくても真実を掴めるのではないかと思ったのだ。

「…で、どうなんです?」

胴着のまま耀の正面に正座する。
耀も暑いのかネクタイを緩めて釦を外している。
胸元がちらつき、なんとも色っぽい。
耀も菊をちらりとみやると急に真剣な顔になり菊と同じく正座になった。

蝉の鳴き声が自棄に五月蝿い。

いきなりの静寂は慣れているがなんだか気まずい。
視線同士はぶつかりあってまるで教えられたかの様にお互い離そうとしない。
正座で向かい合わせになってから暫く。
耀がぼそりと話始めたのだ。

「…えっと…やっぱり、。」

彼にしては珍しく小声だ。
恥ずかしがっているのが丸解りだがあえて何も言わない。
ただじっと彼の答えを待つ。
汗がこめかみを伝う。

「やっぱり、いくら覚悟を固めても、緊張するものあるな。」
「……。」

正直焦れったい。
耀は遂に視線を反らし、床を見詰めた。

「我の好きな人は…。ひ、引かないあるか?」

ちらっと上目遣いでこちらを見る。
あぁ、愛しい。

「何言ってるんですか。どんな答えでも驚きませんよ。」

そう、驚かない。
きっと傷付きはする、が。
再びの静寂。
二人とも汗を一切拭わない為、顔は熱くなり汗で身体中べたべただ。
耀のシャツは肌に張り付いている。

「我の、好きな人は、菊…。お前あるよ。」


ミーン、ミーン、ミーンミー…。


「………。」
「ほ、ほら、引いたある!やっぱり、我は、変な奴ある。大体男を好きになるなんて…。」

照れ隠しからか、静寂が耐えられないのか、なんだかんだと視線を反らしながら言葉を続ける彼を思いっきり抱き締めた。
暑いのに、そんなの全く気にならなかった。
強く強く耀を抱き締める。

こんな嬉しい事なんてない!
堪らなく嬉しい。

「き、菊…?」
「叶わない、叶わない恋だと思ってました。」
「え…それっ、て…。」

好きです、静かに彼の耳元で呟く。
暑さではない赤みが顔に差した。


ミーン、ミーン、ミーンミー…。


スパン

恋の的に矢が命中した。



(終)

→あとがき

作品名:和弓と矢 作家名:菊 光耀