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ネイビーブルー
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 カタン、とジムの窓が鳴った。没頭していた書類から顔を上げると、随分と強い風が吹いているようだった。ようやく春の芽をつけだしたばかりの木が、大きくしなって揺れている。その上を、小さなポッポが二羽、懸命に飛んでいた。ともすれば飛ばされてしまいそうな風ではあるが、野生のポケモンはたくましい。彼らはふらふらしながらも、寄り添うように風を切っている。
 自然の力、か。グリーンはひとりごちて、再度報告書に目を通した。それは、先日オーキド研究所の助手から送られてきた、グレン島の噴火後の状況についての資料だった。あの噴火のもたらした生態系への影響を知るため、また今後の街の復興計画をたてるためにオーキドが調べていたのを、頼んで複製してもらったのだ。 グレン島は、知っての通り三年前、火山の噴火で街全体が埋もれてしまった。あの火山灰をのけて街を掘り起こすには、ポケモンの力を借りようとかなりの時間がかかるだろうし、厄介なことに火山は未だに活火山のままだ。今は大分落ち着いたとはいえ、いつまた噴火するかは分からない。そのため、あの地に再び街を作ることには反対する人々もいると聞く。
 街の復興に一番意欲を燃やしているのは、グレンジムのリーダー、カツラであるらしい。確か彼は、グレンタウンで生まれ育っているはずだ。そこが埋もれてしまっても、だからといっておいそれと他に移ることはできないのだろう。故郷を捨てることが出来ない気持ちは、痛いほど分かった。グリーンも、もしマサラタウンが何らかの天災が原因でなくなってしまったらと思うとぞっとする。思い出も何もかも全部押し流されてしまったら、人は何をよりどころに生きてゆけばいいのだろう。
 カツラは熱い男であったし、また使うポケモンも熱いポケモンばかりであったので、マグマがなんだ、わしのほうが熱いんじゃー! なんて言いながら、落ち込む様子もなくむしろ前よりも精力的に活動を続けていた。だがグリーンは、そのカツラが毎週グレン島を訪れては埋もれた街を見てため息をついているのを知っている。彼も知っているのだ。人間の力など、自然には到底及ぶものではないことを。まさか穴倉を作ってそこでジムを続けていると知った時にはそのしぶとさに驚き以上に呆れ、感心してしまったのだが、そんなカツラよりも野生のポケモンたちのほうがもっと強い。その証拠に、調査書には噴火の後に一度はいなくなったポケモンたちが戻ってきた旨を記すデータがあった。人間が住めなくなってしまった地にも、ポケモンたちは生息する。なぜなら彼らは自然の眷属だからだ。そのため人間がいくらポケモンを従え、バトルに用いたとしても、本当は使われているのは人間のほうなのかもしれないとさえ思ってしまう。我々は自然の手のひらの上で生かされているにすぎない。気が変わった自然がその手のひらを握ってしまえば、潰されずにいることなどできないのだ。
 故郷のことを思ったからだろうか。ふと、カツラとはまた違った意味で、自然に逆らおうとしているように思える男のことを思い出した。カントーを制覇し、チャンピオンになったというのにそのすべてを捨てて姿を消した幼馴染。一年前に、トレーナーではない助手では入ることが出来ぬから、というオーキドの依頼で、調査のために登ったシロガネ山で見つけるまでは、生死すら確認できなかったその男は、常冬の山から今日も下りてこない。彼の母は、何かを悟ったような笑顔で息子の不在を受け入れていたが、グリーンにはどうしてもそれが出来なかった。
 会いたい、と思った。最後に会ったのは、二週間前、ジムリーダー協会から大量に送られてきた薬類を彼に分け与えに行った時だった。あの時は、何を話したんだったっけ。そうだ、若干伸びた髪を邪魔だというから、グリーンが切ってやったのだ。マフラーも巻かない首元が寒くなるかと思ったが、寒くなって下りてきやがれとばかりにばっさりと切ってやった。やはり、あれからより寒いと思うようになっただろうか。
 グリーンは少し考えて、足早にジムを出た。ボールからピジョットを出し、一旦マサラにある自宅へ帰る。そして姉へのあいさつもそこそこに、クローゼットにしまってあった緑色のマフラーを手に取ると再びピジョットの背に乗った。行き先など告げなくても分かっているのだろう、ピジョットは主の望む方向へ、ぐんぐん高度を上げていく。暴れるような風がグリーンの髪を掻き乱し、頬を打った。耳に残る音が、まるで泣き声のように聞こえた。

 シロガネ山は相変わらず、人間を拒むかのようにそびえ立っていた。この山に足を踏み入れる時、グリーンはいつも、グレン島の火山に対するのと同じような、それでいて少し異質な感情を抱く。シロガネ山は、人間を決して受け入れない山だと思う。いつでも雪が下っている常冬島であり、人間一人では登ることのできない険しい崖にあふれている。グリーンはシロガネ山のふもとでピジョットから下りると、礼を言って背を撫でてやった。この先にも、ピジョットなしでは登れない崖が多々ある。己の仕事がまだあることを知っているピジョットは、冷たい空気にも動じず一声鳴いた。
 初めて足を踏み入れた時にはさんざんに迷った山道も、今では完全に地理を把握してしまっている。グリーンは心なしか早足になりながら、通い慣れた道を歩いた。岩の陰や草蔭から、稀に野生のポケモンたちが覗いていた。最初はいたずらを仕掛けてきたニューラやムウマは、最近では蔭からじっと見るだけで何もちょっかいを出してくることはなくなった。グリーンが強いことを分かっただけではなく、彼がこの山を侵略しようとしているものではないということが分かっているからだろう。ただ、興味はあるのか、近くを通るとじいっと大きな目でグリーンを眺めた。グリーンはそれに気づいているのかいないのか、目もくれずに上へと昇った。山の内部から出たりまた入ったりしながら、やがて頂上に近いある個所に着く。そこが、いつもの場所だった。山の内部から出る。すると、猛烈な勢いで吹雪いている中に、見覚えのある赤い帽子が見えるはずなのだ。
 だが。
「あ……?」
 そこに、レッドの姿はなかった。テントのほうか、と思ってもう一度山の内部に戻り、レッドがテントを立てている場所に行ってみるが、そこにもレッドの姿どころかテントが丸ごとなかった。ただ、普段なら彼が寝ていた場所で、大きなゴルバットがうずくまっていびきをかいているだけだった。グリーンの記憶にある限り、ここ一年の間にレッドがテントを片づけたり場所を動かしたりした覚えはない。もはや山の一部になったかのように位置が固定されていたテントがなくなると、まるでレッドがそこにいたという事実すら幻と化してしまったような不安な気分になった。
「レッド?」
 洞窟内に声が反響する。静まり返った山は、まるでそこにいるすべてが息をひそめているかのように静寂に満ちていた。グリーンの首に、冷たい汗が流れる。彼の脳裏には、二年ぶりにレッドを見つけたあの日、一年前の光景がよみがえっていた。