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少年はいざゆかんと

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 久しぶりに騒いだなぁ、と思う。WCの前はいつもそんな阿呆みたいなことばかりやっていたからだろうか。そんなことを懐かしく感じるのは。うう、と横で転がっている木村の頭を気まぐれに叩く。ぴくりともしないので、その向こうの大坪の鼻を摘んだ。苦しそうな顔に顔を歪めたので写メってやろうと携帯を探したけれど近くに無い。チッと舌打ちをして、一捻り、してやった。大坪は更に眉間の皺を増やして、ちいさく呻いた。今日の初詣の腹いせだ。まぁ大坪が悪いわけじゃないけれど。本当に意趣返しをしたい奴は、たらふく鍋を食うだけ食って、それでは俺は帰る、人事は常に尽くされなければならないのだよ、とか訳わからんことを言い放って帰っていった。
「あれ、宮地先輩起きたんすか」
 ガラリ、とベランダに通じる窓が開いて高尾が顔を覗かせた。口から漏れる息が、白くながく流れる。なんでそんなところに居るんだ、と聞いたら、月が綺麗なんすよ~と返ってきたので、なんか高尾がキモイと返しておく。
酷いっす~とおちゃらけて笑う傍へ行くと、冷えた空気が流れこんできて、ふるり、と背筋が震える。
「先輩たち、ぐっすりっすね」
「あぁ、まああいつらはあれでも勉強忙しいかんなー」
 早々に私立一本に絞っている宮地とは違い、木村と大坪はこれからセンターが待っている。練習の合間をぬって二人が勉強しているのを、ずっと夏から見てきた。今日くらい、羽目をはずしてもいいだろう、と宮地は責任のないことを思ったりする。
「もう先輩たちと試合に出ることもないんすねー」
 高尾は開け放っていた窓を後ろ手に閉めて、すこし小さな声でそういった。
「そりゃそうだな。俺達、引退だし」
「そうっすよねー」
 暖かさの戻ってきた空気を逃さないようにカーテンを引いて、そう答える。高尾はそのまま炬燵に入ること無く、すとん、と窓際に腰を下ろした。どうしたのだろう、と思ったけれど、男二人が寝そべる炬燵に入るのもなんだ、と思って宮地もその横にならう。
 カチ、カチ、と壁にかかった時計が立てる秒針の音が響く。日付はとうにまわっていて、あぁ通りで寒いわけだ、と宮地は頷いた。俺が起きなかったら高尾はいつまであそこにいるつもりだったのだろう、とぼんやり思う。
「俺ね、もうバスケやんなくてもいいかなーって思った時期あったんですよ」
 高尾は、ふいにそういった。
 呆けていた意識に飛び込んだ言葉の意味がよくわからなくて、へ?、と間抜けな声が口から出た。それに、可笑しいっすよね、と高尾は苦笑いを浮かべた。そうだな、と宮地は思う。ちゃらちゃらして、阿呆みたいな事しか言わないけれど、高尾は確かにバスケが好きだった。そういう気持ちがいつもそこここに滲んでいるような男だった。
「試合は勝負だから、結果がどうなるかなんて、勿論わからない。勝つことは大事っすよ?でもバスケは40分って時間制限があるじゃないっすか。だから、その時間めいっぱい楽しむことが俺にとっては大切だった。その限られてる時間を楽しみたいから、強くなるし、練習も頑張る。中学の時からそう思って部活をしてきたし、他の部員もそう思ってた」
 言葉は唐突に切れた。視線を横に流せば、高尾はまっすぐ前を向いて、ずっと遠くの何処かを見ているようだった。曖昧な視線だった。宮地はなにも言わなかった。
「でも、やっぱキツイんすよね。負け続けるのが。どうしても勝てない、っていうその事実が」
 宮地は、と理解した。一瞬ですべてを理解した。させられた。そうして唐突に、あぁこいつはキセキの世代とずっと一緒だったのだ、と思い出した。
「びっくりしましたよ。なんで頑張ってるんだろう、なんて、そんなこと考えなきゃいけない日が来るなんて。理由が欲しくなるなんて、これっぽっちも思ってなかったんです。だって、バスケは俺にとって、俺達にとって楽しいものだったから」
 す、と空気を吸い込む音がした。
「楽しくなかったっすよ。バスケが」
 ふふ、と高尾が笑った。
 なにも、言えなかった。だって、なにも言えないじゃないか。宮地は思った。俺達は結局キセキの世代とは離れた時代を生きてきた。ただの中学生が突然頭角を現し始めて、だれも触れることの出来ない孤高の勝利者へとなりつつあるなんて聞かされても、ピンと来なかった。たかが中学生だろ、それよりも目の前の敵の方が、宮地にはずっと質感をもった脅威だった。
そうじゃないと知ったのは、全中三連覇を成し遂げた、その試合を見た時だった。
「でも、今は楽しいっすよ」
 何もいえない宮地へ、くるりと視線を合わせると、高尾はいつもの締りのない笑顔でそう言った。
「秀徳に誘われたとき、あぁ、もう一回バスケを楽しいと思えるかもって思ったんすよ。つえー先輩が、キセキの世代なんて目もくれない人達がごろごろいるはずだって思って。そしたらまさか真ちゃんが居てめちゃくちゃなエース様ぶりを発揮して、あぁこいつのせいで俺バスケやめようかとも思ったのに、なにこいつは淡々とシュート練してんだよ、ただのバスケ馬鹿じゃねぇか、とか思ったりして、」
 だから、よかったなぁ、と思って。
 バスケ続けてよかったなぁ、って。
「おれはこのチームで試合出来て、しあわせですよ」
 高尾は、そういって、なんてね、と照れたように微笑んだ。先輩たちは緑間を甘やかさねぇし、俺にも厳しいし、でもすげぇバスケ好きだって分かるから、ほんと練習してても試合してても楽しかったっていうか。ひどく饒舌になるその口を好きにさせといたまま、宮地はばーか、と声に出さず呟いた。
 よかったなぁ、と思った。
ただひたすらに、そう思った。
 高尾にとって大切なものが、ずっと大切になっていってくれることが、とても嬉しかった。先輩として、素直にそう思えた。
「ま、じゃあ、来年はインハイもWCも優勝してくれよ」
 だから、軽く、なんでもないことのようにそう言った。そして、ぽん、とすこし目線より低い頭に手を置いて、ぐりぐりとスナップを効かせた。いたいっ、いたいっすよ!と喚くのをケラケラと笑って、でも、取りますよ優勝旗、とにやりと笑うのを頼もしく見つめる。
 俺達の三年間は終わってしまったけれど、こいつらはまだ始まりにいる。
 少しずつでも変わりつつある捻くれたエースが、これからも秀徳のチームを引っ張っていく。その横で、このおちゃらけたPGはいつでも楽しそうにバスケをしているんだろう。取り留めのない言い合いをしながら、時折はぶつかったりしながら。それはとても愉快な想像だった。愉快で愉快で、あぁもう少しこいつらと一緒にバスケがしたかったなぁ、と宮地は思った。
 でもそれは叶わない夢なので。
 またバスケしような、と宮地は言った。
 そして、勿論っすよ!と高尾から楽しそうな声が返るのを、愉快だなぁ、と思った。



20120722
作品名:少年はいざゆかんと 作家名:鶯の谷