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日曜の朝

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 日曜の朝、食事の席に着いたアンディは、テーブルを見てぽかんとした。
「あ」
 食パンが一枚しかない。
 ああ……と思う。
 何もおかしなことではない。
 今日は日曜で、今は朝で、一週間のうちでもっともこの部屋に食べ物がなくなる時だ。
 これから買い物に行くので。その前なので。
 ちなみに、他の六日間の昼食はおもに学食で食べ、夕食は寮の食堂で食べている。
 朝はというと、寮の食堂は開いているが滅多にその開いている時間に間に合わないので、部屋で食べるか、寝過ごすと学校で食べることになる。パンやおにぎりや固形栄養食を。
 月曜や火曜はいい。日曜に買ってきたパンやハムなどがあるから。水曜もギリギリ。水曜や木曜になると学校帰りにコンビニなどに寄って翌朝食べる物を買う。土曜には余った物を片付けたり。で、うっかりするのが日曜日。
 この日は寮の食堂も開いていない。まぁ、平日と同じように開いていたって、どうせ起きる時間が遅いので間に合わないのだが。
 どうにもならない日曜の朝。
 パンだけでなく、他の食べ物も少ない。っていうか、ない。この日はまったくない。
 問題は、この部屋の住人はひとりではなく、ふたりだということで。
 アンディは目を上げて向かいを見る。
 同様に席に着いたウォルター。
 テーブルにパンやバターやコーヒーを入れたカップを置いたのはウォルターなので、当然ウォルターも気付いている。
 パンが一枚しかないということに。
 で、そのパンを乗せた皿は今、アンディの目の前にある。
「……」
 アンディは黙って目を落としてそのパンと見つめ合う。
「アンディ、食べろよ」
 しゃべったのはもちろんパン……ではなく、向かいのウォルターである。
 やはりそうくるか、と怖じ気づいてアンディは目を細めて『えええ……』とおののく。
 事態に完全に及び腰だ。
 自分ひとりだけこの部屋に一枚しかないパンを食べるという事態に。
「いや、あの……ボクはいい」
 片手を挙げて、首を横に振り、きっぱりと言う。
 いくらなんでも食べれないよ。それは無理だ。ふたりで生活してるんだから。
 ……いや、そこまで図太くないとかそうじゃなくて、食べるなら食べられるけれど、自分だけとか別に平気だけれども、この場合はなんか……。
 なんか、嫌だ。
 その思いやりというか、相手のやさしさが、自分の中に染み込んでくるというか、侵入してくるというか、これに甘えることは相手を受け入れるということで、自分が変わってしまうというと大げさだが、それに近いものを感じる。
 気持ち悪い。
 なるべくかまわないでほしい。揺らぎたくない。自分を保ちたい。
 ……というわけで、絶対にNOだ。
「ウォルター、食べて」
 声にはなんの感情も出ていないが、これは懇願だ。
 皿をぐいっとウォルターの方に押し出す。
 アンディが食べることが当然というように黙ってズズズッとコーヒーをすすっていた男は、ちょっと目を見開いて、それからその目をスッと細くした。
 カタンとカップをテーブルに置いたウォルターは、うつむき、スッとパンの乗った皿をアンディの方に押し返す。
「おまえが食えよ」
 静かだけれどもはっきりと言う。
「年下のヤツが食うもんだ」
「えっと……」
 それ多分教会の教えだよね、あまり意味があると思えないんだけど。
 アンディは困惑してウォルターを上目遣いに見上げて様子を窺いながらぼそりと言う。
「ウォルターの方が体が大きいんだから、ウォルターが食べた方がいいんじゃない?」
 その方が合理的っていうか。
 また皿を押し出そうとすると、それを手で止められる。
 うつむいていたウォルターがそのまま目だけを上げ、アンディをじっと見て、きっぱりと言う。
「いや、俺はいい。我慢できる。でも、おまえは成長期のガキだろ。腹が減るじゃん」
「それは一緒でしょ。我慢なんてしなくていいってば」
 ウォルターがムッとしてアンディをにらみつける。
「俺はガキじゃねぇよ」
「そういうことじゃないし」
 アンディは呆れてフウとため息を吐く。
 やれやれだ。
 椅子の上に足を置いて膝を抱えて背中を丸めて小さくなる。
 膝にあごを乗せて、首を傾げて、向かいの席でなんとなくムスッと黙り込んでいるウォルターを眺める。
 頬杖をついて、そっぽを向いて、目を半分閉じて、どこか遠くを見ている相手。
 それは、アンディがあきらめてパンを手に取ることを待っていて、それを期待していて。
 時々チラッと視線をアンディに向けて、確認後、フイッとまた逸らして。
 自分は絶対に食べませんよという構えはふたり同じで。
 意地の張り合い、我慢大会、根競べ。
 まぁ、なんでもいい。
 あー……とアンディは思う。
 ……バカらしい。
 こんなことしてて、いったいなんになる。
 おなかが空くだけだ。
 ふたりともおなかが空いてるんだから食べればいいじゃん。
 アンディは皿の上のパンに手をのばす。
 忍耐力・持久力ではウォルターに勝てない。
 アンディだって我は強いが、こういう自分にとって意味がないと思えることをえんえんと続けていけるかというと、それは無理だ。
 マイペースなので、合わせていられない。
 パンを手に取って、真ん中から割いて、ホッとした様子でまたコーヒーのカップを取ってすすろうとしていたウォルターに、半分を差し出す。
「はい、半分コ」
「……」
 きょとんとしてアンディを見たウォルターが、口元にゆるい笑みを作り、『うーん』とうなって、考え込む。
「……いや、俺はいい」
 しばらくしてやさしい微笑を浮かべたままウォルターがゆっくりと首を横に振って言う。
「なんでさ」
 食パンを突き出したままアンディは問う。
 コーヒーを一口飲んで、ウォルターはニッとして話す。
「その気持ちだけでじゅうぶんだ。後でコンビニにでも行ってなんか買ってくるよ。おまえもそれだけじゃ足りないだろ?」
「……そうだけど、だったらなおさら……」
 戸惑うアンディに、真面目な顔できっぱりと言う。
「だから、今それはおまえが食えよ。平気だからさ」
「……」
 そこまで言われては……。
 アンディはしぶしぶとパンをちぎって口に運ぶ。
 もそもそと食べる。
 それを見ていたウォルターが急に目を輝かせ、やんちゃないたずらっ子のような笑みを浮かべて言った。
「あ、じゃあアンディ。耳くれる?」
「え」
 予想外の言葉にびっくりしてアンディはぽかんと口を開けてウォルターを見る。
 ……耳、だけ?
 ウォルターは嬉しそうにはずんだ声を出す。
「耳、食わせろよ。俺、それ食いたい」
「あ、うん、まぁ……いいけど」
 アンディは食パンの耳を見た。
 変わってるけど、まぁ個人の好みの問題だし、固いところが好きって人もいるだろうし……。
 耳だけ残すっていうのは聞いたことあるけど、耳だけ食べるっていうのは聞いたことがない。
 けどまあ……。
 別に全然かまわないので、たどたどしい手つきで食パンの耳をちぎろうとした。
 向かいでガタンと音を立ててウォルターが椅子を背中で押しやるようにして勢いよく立ち上がった。
 テーブルを回ってアンディの隣にやってくる。
作品名:日曜の朝 作家名:野村弥広