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日曜の朝

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 『え? あれ?』とアンディは横に立つウォルターを見上げる。
 あんまり行動が遅すぎたか、それとも下手なので見かねたのか、それともいつもの世話焼きだろうかと、首を傾げてウォルターの次の行動を待つ。
 いずれにしても、きっとパンを自分の手から取り上げるんだろうなと思った。
 ところが、のびてきた手はパンをつかまず、アンディの頬をスッ……と撫でるように動いて。
 頬の下から上へすべって、髪の中に入った。
 サラ……と髪の毛が大きな手のひらによって上げられ、上の方で止められる。
 アンディの耳をむき出しにして。
 そこに、ウォルターの顔がそっと近付いてくる。
 驚いて目を見開いてウォルターを凝視するアンディに、ウォルターは、ふっ……と目を細めて笑って、唇を寄せて低くささやいた。
「いい、って……言ったよな、アンディ?」
 片方の眉をはね上げて、うるんだような熱っぽい瞳で見つめて、口元だけおだやかな笑みを作り、甘い声でねだるように確認してくる。
「ええ……? えっと、いや……」
 確かにいいとは言った。けど……。
 アンディは状況が理解できずに軽いパニックに陥る。
 パンの耳のことだと思っていたのに、なんだか違うみたいだ。
 っていうか、このフンイキは……。
 無表情のまま固まって、内心で慌てふためいているアンディに、ウォルターはクッとおかしそうに低い笑い声をもらした。
 そして、ツッ……と、耳に唇で触れた。
「……いただきます」
 パクッ。
「あ」
 耳たぶに食いつかれてアンディは動揺して声をもらす。
 ウォルターはアンディの耳に軽く歯を立ててからゆっくりと離して、その痕を舐めとるように舌でくすぐる。そしてまたパクッと唇で挟んだ。ちゅーっと吸い込むようにして、もぐもぐと食べるように唇を動かす。
「あ……ちょっとっ」
 どうしていいかわからずに黙り込んでいたアンディはたまらず声を出す。
 何か非常にマズいような気がする。
 ちょっとこれは……。
 スッ……と耳から唇を離したウォルターが、低い声でぼそりと言う。
「アンディはそのパンでも食べてろよ」
 何を……とアンディはキッとしてにらみつける。
 ウォルターのその声は、顔は、怖いくらいに真剣で。
 耳をなぶるということに夢中になってしまっていることがわかる。
 でも、それはボクの耳だ。
「人の耳食べないでよ、ちょっとっ……!」
 また耳に食らいつく相手に、抗議の声を上げる。
 ちゅ、ちゅっ、と耳たぶを吸った口は、耳の後ろに移り、そこをキツく吸い上げてくる。
「……っ」
 そこは耳じゃない! とか、この状態でパン食べられるわけないでしょ? とか、言いたいことはたくさんある。けれども、今口を開けば、声がいつもと違ってしまいそうで。
 アンディはきゅっと唇を噛み締める。
 そして、うつむき、パンを口に詰め込んだ。
 知るもんか、食べてやる、相手にしないぞ。
 本当は逃げ出したいところだが、椅子に座っているので後ろには下がれないし、さっき身じろいだ際に肩をつかまれてしまったので、立ち上がることもできない。
 別に耳をもてあそばれるくらい。
 意地でなんでもないフリをしてもぐもぐとパンを食べる。
「アンディ、おまえの耳気持ちいいな。ちっちゃくて、やわらかくて」
「……」
 言うなーっ!! とか、全力で怒鳴りたい。
 でも、まぁ、無視。
 好きにすればいいんだ。
 フンと小さく鼻を鳴らし、目を半眼にして、ムスッとしてパンを口に押し込む。
 ビクッとして体がはねる。
 また耳を食まれたと思ったら、今度は耳の中に舌を入れてきた。
「あ……」
 とがらせた舌の先で、ちろちろと耳の穴の上の部分をくすぐられる。
 口の中のパンがうまく飲み込めない。
 なんだか身が強張って、それなのに力が入らないところがあって、耳に神経が集中しているような感じで、敏感になったそこを容赦なくなぶられて……。
 体が熱い。
 耳にかかる息も熱い。
 ねっとりと舐めてくる舌も熱い。
 ツッ……と唾液が首筋を伝って落ちて行くのを感じる。
 限界だ。
 アンディはバッと手をあげて耳を覆い隠した。
「やめろ、ウォルター!」
 離せるところまでのけぞって身を離して、振り向いて大声で怒鳴る。
 きょとん、としたウォルターが、次にゆっくりとニマニマした笑みに顔中を支配させた。
「なに? 感じちゃった?」
「違う!!」
 意地の悪い問いに力いっぱいの否定で返す。
 そんなんじゃない。そんなことありえない。そうじゃない。
 ……じゃ、なくて。
「きっ、気持ち悪い……」
 声も顔も引きつらせて言う。
 ウォルターが何やら真面目な顔をして、フゥ、と息を吐く。
「あー、そうか……うーん」
 キリッとにらみ上げるアンディをじろじろと見つめ、残念そうにしょんぼりとして、ゆっくりと肩から手を外す。
「……じゃあ、いいや」
「は?」
 スッと離れていく間際の一言に妙にイラついて、アンディはとがった声を出す。
 だが、それに答えず、ウォルターはふらっと歩いて行ってしまう。
 テーブルの向かいでははなく、ベッドの方に。
 途中、『チェーッ』とか言いながら。
 なんだなんだ? よくわからないや。
 アンディは怒りも忘れてきょとんとする。
 遊ばれた耳はまだ熱くて濡れていて、なんだかしびれたように痛むほどだったけれど。
 この行動にいったいなんの意味がある。
 疑問を抱いて黙ってウォルターを見守る。
 だが、相手が二段ベッドの下の段にどさっと倒れ込んだ時には、大声を出した。
「ウォルター、そこボクのベッド」


作品名:日曜の朝 作家名:野村弥広