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こらぼでほすと 厳命3

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二週間後、ニールは再生槽から出された。とりあえず壊れた部分は再生したから、今は健康な状態だが、いつまた壊れるかわからない不安定な状態ではあるので、しばらくは本宅で過ごさせる予定をしている。
 歌姫様も、予定を調整して戻ってきていた。やはり、無事な姿を拝みたかったからだ。まだ、意識が戻ってすぐだから、長時間の会話はできません、と、言われた。鼻には酸素を吸入する管が取り付けられた状態だが、壁のパネルに映る外の映像を眺めている。
「ママ、ただいま戻りました。」
 ゆっくりと歩いて声をかける。大丈夫、もう危険はないのだと、ラクス自身が内心で確かめつつ近寄ったら、小さい声で、「おかえり。」という返事だ。
「お加減はいかがですか? 」
「・・・悪くないよ・・・」
 うっすらと微笑んでいる顔に、ラクスも安堵する。宇宙に上がるまで、本宅で過ごしていただこうと思っていた。たぶん、ママは自分の状態を理解していない。台風の影響でダウンしたと思っているだろう。だから、その流れで話をするつもりだった。その間、スケジュールの調整がつく限りは、ラクスも本宅に居座るつもりをしている。それなのに、ママは、とんでもないことを言い出した。
「・・・・ラクス・・・俺、どのくらい危ないんだ? 」
「はい? 」
「・・・正確なとこ、教えてくれないか?・・・ちょっと、おまえさんに頼んでおきたいこともあるし・・・」
「あの。ママ? 台風の影響ですから、そちらには問題はございませんよ? 」
 それで押し通すつもりで微笑んで、ママの手に触れたら、相手は苦笑していた。そして、逆に手を握り返してくる。
「・・・ラッセの経過をリジェネから聞いたんだ。だから、そろそろ危ないんだろうとは思う。・・・俺は、どれくらい保つんだ? 」
 なんてことをしてくれたんだ、と、内心で慌てたが、もう遅い。手が震えるのを堪えて、「大丈夫です。」 と、笑いかけたのに、ママは寂しそうな顔をする。
「・・・あのな、ラクス。低気圧によるダウンなら、血を吐くようなことはないんだ。それぐらいは解るんだよ? ・・・おまえさん、俺に感謝していると、いつも言うだろ? 感謝しているなら、それを今ここで返してくれ。・・・正確な俺の現状を教えろ。」
「ですから、ママの場合は・・・」
 握られている手が強くなる。そして、ママは真剣な顔をしている。こんなふうに問い詰められたら、ラクスには誤魔化せない。嘘を突き通せる自信がない。なんせ、ママは、人の表情を読むのが上手な人だ。どんな政府の代表でも笑顔で嘘を吐ける歌姫様だが、ママにはできない。
「・・・正確には、細胞異常の悪化が激しくなっております。再生させても、すぐに悪化する可能性も高い状態です。本宅で、しばらく静養していただいて、宇宙に上がるまでは、こちらに滞在していただきたいと思っています。」
 時間がないのは、真実だ。ダブルオーは年末には完成するらしいが、それまで普通の生活を送れるのか疑問がある。大事を取って、と、ドクターは言ったが、実際問題として、今までのような生活をされては危ないのだ。
 それを説明して顔を見たら、ママは穏やかな顔に戻っていた。それから、さらなる爆弾発言だ。
「・・・わかった。もし、俺が、そこまで保たなかったらな・・・頼みたいことがあるんだ。おまえさんぐらいしか叶えてくれないだろうから頼みたい。」
「どのようなことでしょう? 」
「俺が死んだら、刹那に、その死体を見せて、あいつの前で燃やしてくれないか? そうしたら、俺が死んだと、はっきり理解できるだろう。後追いする必要はないと理解させて欲しい。」
 宇宙で生死不明の状態になったから、刹那は情緒不安定になった。今度は、そんなことにはならないだろうが、はっきり死んだと解るようにしたいと思っていた。墓石の下に収められていたら、死んだと理解するのも難しい。それよりも直接な方法を、ニールは口にした。マイスターたちが生きていてくれたよかったと思った。まだ、再々始動はあるだろうが、それには付き合えないだろう。ダブルオーで治療してもらったら治るのだと言われても、そこまでの時間、自分が生き続けていられるのかが怪しいなら、歌姫様に頼んでおくのが得策だ。今回は、どうにか生きているが、次は、どうなるのかわからない。片肺だったから、呼吸は止まらなかったが、心臓なり脳なりが壊れたら、即死に近いことになる。だから、準備だけしておこうと思ったのだ。慕ってくれているラクスには酷な頼みだとわかっているが、頼めるのはラクスだけだった。その決定権を行使できるのが、『吉祥富貴』を率いているラクス・クラインにしかないからのことだ。彼女が拒否しなければ、できることだ。
「・・・ママ・・・」
「悪いな? ラクス。おまえさんぐらいしかできないだろ? ・・・・すまないが頼まれてくれるか? 生きてる努力はするつもりだが、こればっかりは俺の意思で、どうにかなるもんでもないしな・・・・」
 割と穏やかな気持ちだった。一度、死に掛けているからなのか、覚悟はできている。後に残る黒猫が気になった。今度は後追いしなくて済むだろう。前を向いて歩いていくには、古いものとは決別するべきだ。それが、はっきりと解る方法を用意することにした。
 だが、今度は歌姫様からの爆弾発言だ。握っている手が、ふるふると震えて俯いていた歌姫が顔を上げた。涙を一杯に溜めた瞳は怒りに満ちている。ごめんな、と、ニールも内心で詫びる。酷な頼みなのは重々承知のことだ。
「・・・死んだら燃やせですって? なんてことをおっしゃいますの? ママッッ。私に三度も親を亡くせとおっしゃいますのっっ。」
 ラクスは両親を失くして久しい。ようやく、また家族の愛情というものを与えてくれるママと巡りあった。それなのに、ママはさっさと縁を断ち切るようなことを平気で頼んでくる。ふざけるなっっ、と、ラクスがくわっと怒鳴った。さすがに、ニールでも、その叫びには驚いた。
「そんなことは認められません。・・・・もし、ママが死に瀕した場合は、冷凍保存して生かします。刹那に治療させて、再生槽に叩き込んで生き返らせますからっっ。どんなことをしても、生きていてもらいます。これは、娘からのお願いではありません。『吉祥富貴』を率いるラクス・クラインからの厳命と肝に銘じてください。・・・あなたを今、失くすわけにはまいりませんっっ。刹那たちにとっても、私たちにとっても、あなたは、まだ必要な方です。そのためなら、どんな手を使ってでも、あなたが理不尽だと憤られても、生きていただきます。もし、再生できないなら冷凍処理して生命維持装置を繋げて治療できるまで、そのまま生きていていただきます。私たちが死んでも、その命令は続行させるように指示しておきますから、もしかすると、あなたが目を覚まされたら、誰も居ないかもしれませんねっっっ。」
 そこまで滔々と捲くし立てて、ラクスはわっっと泣き出した。絶対にイヤだ。ママの死体を焼くところなんて見たくない。死んだ後のことを、そんなふうに淡々と語らないで欲しい。まだ生きているのだ。
作品名:こらぼでほすと 厳命3 作家名:篠義