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幻の空に月に輝く8・修行の章・【名門の肩書きは面倒だ】

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 トテトテトテと、忍の卵にしては間抜けな音が廊下に響く。
 先頭に立って歩くのは私。その後に続くのがネジ。一方通行な顔見知り…まではいかないけど、多分良く知ってる相手。
 そんな相手と一緒に歩く割に会話はなく沈黙が場を支配する。
 なんだろうなぁ。
 最近こんなんばっかだよねぇ。
 つい先日もこんな気まずさを体験したばかりじゃないだろうかと、一度対人関係に効果のある神社にお参りに行こうかを本気で考えながら、作業場の戸をガラリと横に開けた。
 さっきまで私が使っていた作業場はまだ熱が篭っているような気がするが、今は作業を再開する為に戻ってきたわけじゃない。
 棚にしまってある私が作ったクナイが収められた布を手に取り、それをネジの前で広げて見せた。
 小指サイズから一般的なサイズのクナイまで、大きさは様々。ここまでくると趣味の域に達しているけど、趣味だから仕方ない。昔から凝り性だったんだよね。
 私の趣味の領域のクナイを見たネジの反応は素直だった。一瞬驚いたように目を見開いたけど、次の瞬間には私を見て、
「手にとっても?」
 と聞いてきた。
「どうぞ」
 ここまで見せておいて断る理由はない。というわけで、あっさりと頷くと、ネジはゆっくりと、一つ一つ確かめるように大小様々なクナイを手に取り、その感触を確かめていく。さて、こうなると私は手持ち無沙汰だ。
 態々人が選んでるものをジィッと見るのは苦手だし。となると、ここで簡単に出来る作業にでも取り掛かろうかと、棚から小刀を取り出し、ソレを磨きだす。
 この作業自体集中してやってしまえば時間を忘れるけど、忘れすぎるのも問題だったりする。ネジも集中しているからいいか、と、神経を研ぎ澄まし刃先を見つめた。
 研ぎで失敗すれば台無しだ。柄の意匠もあったものじゃない。
 柄や鍔の意匠に拘るのは現代人の感覚のような気もするけど、やっぱり綺麗な方がいいじゃないかと思うんだけどどうだろう。
 使えればいいという人が大半だろうから、あんまり理解されないだろうけど。
 
 カチャリカチャリと、ネジがクナイを持っては置きを繰り返す音と、シュッと私が刃物を研ぐ音だけが工房に響く。
 
 集中してしまえば余計な音は耳に入らなくなる。

 私と、研ぎ石と、刃だけ。

 これが、今の私の認識。

 けれどそこに待ったがかかる。テンが私の意識に介入し、ネジの存在を思い出させてくれる。あぁ…うん。終わったんだね。
 一定の間隔で動かしていた指先を止め、ゆっくり息を吐き出す。そして顔を上げてみれば、いつものランセイだ。
 職人を目指すランセイでいると、いつもとはちょっと違う感覚に入るから、その辺りはあまり人に見せないようにしてたりする。ちょっと恥ずかしいし。没頭する趣味を見られるのは、今思えば昔から苦手だったかもしれない。


「いいのはあったか?」
 私を白い目に映しているネジに聞いてみれば、戸惑ったように視線をさ迷わせた後、小さく頷かれた。
 流石6歳。まだ反応が可愛い。あの一件でちょっとすれてるんだろうけど、あんな出来事があれば仕方ない。トラウマ――と一言では言い表せない幼児体験だ。

「これが…」
「あぁ。これか」
 試しに色々なクナイやクナイもどきを作りまくったけど、それは私にはちょっと大きかったやつだ。確かに、これならネジの手にぴったりだろう。
 けどこの一つのクナイで足りるわけがない。
 ネジの手の平を確認して、実際クナイを握ってもらって幾つか作るかなぁ。

「手」
 というわけで、手の平を見せてね。
 些か言葉が足りないような気もするけど仕方ない。そういう設定をしちゃったからね。しかもその設定を押し通さないとボロが出る。
「…?」
 案の定意味が分からないといった表情を浮かべるネジの手を勝手に掴み、手の平を確認してみる。子供の手じゃないよねぇ。
 ふにふにと軟らかい子供の感触とは程遠いネジの手。コイツもかと思うけど、世界を考えてこんなものかと思い直す。ネジの場合は分家とはいえ日向だしね。名門の名はそれだけでプレッシャーもあるんだろうし。
「何をやっている?」
 ネジの手の平を見つめたまま口を噤む私に、当たり前の疑問が届く。
「確認。クナイを握ってくれ」
「……」
 疑問を浮かべながらも、ネジは私の言った通りクナイを見せるように握る。大きさは丁度いいか。成長期だからすぐに小さくはなるんだろうけど、自分だけの道具が欲しいっていう気持ちはよく分かる。
「何本欲しい?」
「作ってくれるのか?」
「あぁ。感想を教えてくれ。参考にする」
 自分だけの感想じゃいまいち参考にならない部分もあるだろうから、ネジが使った感想を教えてくれるのはすごく助かる。
 そう思っていたら、途端にネジの表情が歪んだ。
 …ん? 今の会話の何処に琴線に触れる何かがあったのかな??
 分からないからとりあえずネジの様子を伺うんだけど、ネジは手に持ったクナイを自分の手を傷めそうな程力を込めて握り締める。

「それは、俺が日向だからか?」

 心の奥底から吐き出された言葉。
 どうやら、私がネジに作ると言ったのは日向だから、と受け取ったらしい。

「日向――ね。木の葉の名門」

 私の言葉に、微かに肩を揺れさすネジ。

「ソレが、俺に何の関係がある?」

 気に食わなかったら関わらないし。
 嫌なのに媚びへつらう真似なんかしたくないし。
 私のものすっごく本音な言葉に、ネジは目を瞬く。うん。その表情はいいよ。年相応な感じがして可愛い。
「未熟な俺の試作品を試しに使ってもらう。お前は使った感想を俺に言う。俺はそれで改良が出来る。互いの利だろ?」
 何の事はないとばかりにあっさりと言ってのけた私に、ネジは言葉がないらしい。どうやら日向一族だからと、特別扱いもされているけど色眼鏡でも見られているんだろう。流石木の葉の名門。色々と面倒そうだなぁ。
 しかしこれで言葉は終わりじゃないと、珍しく長い会話に挑戦してみる。

「俺が気に食わない相手だと思えば、武器は打たない。例え影の名を持つ長であろうと、名門であろうともな」

 寧ろそんな事で面倒になったら、里から旅立って終わりです。
 まだ忍者じゃないし。抜け忍でもないし。後十年程経てばミナトさんもクシナさんも傷は癒えるだろうし。そしたら堂々と帰れるだろうしね。
 何を馬鹿な事を言っているんだとばかりの私の態度に、ネジの肩から力が抜けた気がした。

「はっ…はは。日向に取り入ろうとは思わないのか?」

 むぅ。まだ言うか。
 まったく…。

「馬鹿、か?」
 右腕を伸ばして、ネジの額にデコピンをかます。
 私の動きについてこれなかったのか、痛みが走った後に額を押さえたネジが、今度は別の驚きを瞳に宿しながら私を見た。
 まぁ…馬鹿と言われたのも初めてだろうけど。日向の天稟の持ち主だしね。しかし、私から見たら全然子供です。自分の感情の出し方も分からない子供は、スキンシップで大好きだよーって伝えまくりたくなる。友達からは過度過ぎるから!と突っ込まれた日中時間問わずなスキンシップ。
 基本子供は大好きさ。素直な子も捻くれた子もね。可愛いし。