恋遠からじ
立っているだけでくらくらするような暑い夏の日のことだった。
「ハルヒコ、何で今日に限って野球なんだよ?」
「夏と言ったら高校野球!そんで俺たちは高校生!となったら野球するのは当然だろ?」
土曜の昼下がり、SOS団(といっても二人しか集まっていない)は川原の横にあるちょっとした広場に来ていた。今朝お昼を済ませたらここに集合するように、とハルヒコから突然メールがあったのだ。
「しかし集まり悪ぃなぁ。俺とお前だけじゃキャッチボールくらいしかできんぞ」
「お前の誘いが急すぎたんだよ!私以外は用事やら何やらで来れないとさ。」
「なんだ長門も来れないのか、珍しいな。SOS以外であいつに予定入れてくるやつがいたのか。」
「それは長門に失礼……だけど同感だな。何でも、コンピ研の部長とパソコン見てくるんだと。」
キョン子がそう言うと、ハルヒコはあぁ、と納得したようにため息ともつかない返事をした。射手座の日以来かの二人は仲のよろしいようで、特に部長の方は傍から見ても長門に惚れているのがすぐわかる。それに気づいていないのは極度に恋愛に疎いキョン子くらいだった。
「長門め、デートを優先するとはけしからんな。でもまぁあいつが……」
「でっデート!?」
話の腰をおられてハルヒコはむっとしたが、それよりキョン子がデートという言葉に反応した方に驚いた。
「何だよ、あの二人ならデートといって差し支えないだろ。長門があのちんちくりんをどう思ってるかは知らんが、まぁ付き合うのは秒読みってとこだな。」
「な、長門に限ってそれは」
「何でないって言い切れるんだよ?あいつだって男だし、まんざらでもなさそうじゃねぇか。趣味も合うようだしな、俺はお似合いだと思うが。」
長門のこの話題はキョン子にとって青天の霹靂だったようで、ハルヒコの話を聞いている間にも何か反論したいがしかるべき言葉が見つからないというように口をパクパクさせていた。
「つ、つ、付き合う、って」
「さっきから何なんだお前は。俺はこの話題飽きた、キャッチボールすんぞ。」
「えぇっ」
ハルヒコは持参した団員全員分あるグローブの山(出どころは不明である)から二つ手に取り、その内一つをキョン子に投げ渡した。キョン子はわたわたと受け取り小声でまたえぇっと呟いた。
ハルヒコの望みどおりキャッチボールを始めてみたものの、ボールが三往復すれば続いた方であり、ほとんどは二往復もしないうちにキョン子がキャッチミスをしてボールを落とした。要するに上の空だった。
「テメーッやる気あんのか!そんなんで甲子園出れると思ってんのか!?」
「だ、誰が甲子園に出るって言ったんだよ!」
運動は苦手なんだからしょうがないだろ、と言いながらキョン子は取り落としたボールを拾って投げ返した。それにしたってハルヒコはキョン子のレベルを見て速度や距離を微妙に調節していたし、途中からは下手投げにしていたというのにキョン子のミスは減らなかった。さすがのハルヒコもあの話題から明らかにキョン子が変なのを無視することはできそうにないようだと悟ったようで、結局は
「そんなに長門のことがショックだったのか?」
と話を戻したのだった。
キョン子はキョン子で急に気になっていた話題を振られてぎょっとはしたものの、そりゃそうだろ!と目一杯に返事をした。
二人ともグローブを山に戻し、休憩がてら川を眺めるのに調度良さそうな高さの土手に座ることにした。草が伸び放題のところも少しあったが、殆どはつい最近刈られたようできれいに切り揃えられている。二人並んで草の上に腰を降ろすと、手のひらから伝わる感触が妙に懐かしい感覚を呼び起こさせた。
「だって何でよりによって長門がハルヒコにだけそんな話……わ、私にはしてくれなかったのに。あ、私が、じょ、女子だから?」
「あのなぁ、あんなもん本人が言わなくてもわかるだろ。明らかに部長は長門に惚れてるし。」
「仲いいだけだと思ってた……」
「最近は週二くらいはコンピ研行ってるんだから、仲いいの範疇は超えてると思うぞ。」
「そ、そうかなぁ。ていうか部長は本当に長門のことを、その……」
「それはもう疑う余地ないだろう。長門と喋ってるときだけ妙に優しいし、そのわりにキョドってるし、すぐ赤くなるし。あいつ長門の顔もまともに見れてないと思うぞ。」
「言われてみればた、確かに……?」
う~んとうなって頭を抱えるキョン子を見て、ハルヒコは呆れた。あれほどわかりやすい片思いの例がすぐそこにあってなぜ気付けないんだ、と。そしてなぜ長門がそういった話を自分にしてくれなかったというだけでこんなに悩めるのかと。この様子だとまるで……とまで考えてハルヒコは軽く目を閉じた。それは一つの解答に対する抵抗だった。しかしこの状況で、その確信に近い予想を堰き止めることはもう不可能に近かった。今まで何となく怖くて、頭の中から追い出してきた言葉が、ほとんど無意識にすっと口からついて出てしまったのだ。
「お前もしかして、長門のことが好きなのか?」
う~んとまだ唸っていたキョン子の動きがピタリと止まった。かと思うと顔をばっと上げて、ハルヒコと視線がカチンとぶつかった。その表情は見事に歪んで、嫌悪をあらわにしている。
「お前なぁ、どうしてそうなるんだよ?」
と言ったのはキョン子である。
「お前の言動からはそうとしか思えん。」
「ハルヒコって意外と恋愛脳なのか?いや、さすがにそれはないか。でもその発想は少し飛びすぎてるぞ。私はあくまで私は長門と一番仲良しなのは自分だと思ってたのにそういう話をしてもらえなかったからショックってだけだ。」
「本当かよ。」
思わずそう返したハルヒコの胸には、正体のわからない安堵とまだ嫌疑の晴れない焦燥感が入り交じっていた。自分でもよくわからない、その感情はもしかしたらキョン子と同じなのかもしれないとも思う。もし長門のことが好きなら俺には教えてくれていいんじゃないか。一姫より先に、とまでは言わないが。そう思った瞬間に初めて、ハルヒコは中学までの恋愛に対する疎ましさがいつの間にか薄らいで、普通の高校生らしい興味でもって友人の恋愛事情を知りたいと思う自分に気がついた。それは穏やかに人間らしい興味であった。
「はぁ……それにしても、みんな私の知らない内にれ、恋愛とか、してるんだな。」
ため息混じりにキョン子は呟く。
「私が知ってる人でも、私の知らないところでは、全く別の顔して、好きな人に恋してるんだろうな。それって何だか……すごく……」
続きの言葉は恥ずかしくて言えないというように、キョン子は言葉を濁した。
「そんなの当たり前だろ。それにそういうお前だって本当はそいつらと大して変わらない。」
「おい、私は本当に長門のことは」
「別に長門のことは言ってねーよ。お前を含めて、みんな恋愛してどっか遠いところに行くんだ。それは友達とかそういう仲じゃ追いつけないほど遠くにな。」
「……親友でも?」
「親友なら恋愛の話もしてくれるかもな。でも大差ねーよ、話してくれるってだけだ。距離はたぶん変わらない。むしろまざまざと見せつけられるのかもしれん。でもそれにしたって、友人ならそいつの幸せを祝福せざるを得ないんだ。」
「ふぅん……」
「ハルヒコ、何で今日に限って野球なんだよ?」
「夏と言ったら高校野球!そんで俺たちは高校生!となったら野球するのは当然だろ?」
土曜の昼下がり、SOS団(といっても二人しか集まっていない)は川原の横にあるちょっとした広場に来ていた。今朝お昼を済ませたらここに集合するように、とハルヒコから突然メールがあったのだ。
「しかし集まり悪ぃなぁ。俺とお前だけじゃキャッチボールくらいしかできんぞ」
「お前の誘いが急すぎたんだよ!私以外は用事やら何やらで来れないとさ。」
「なんだ長門も来れないのか、珍しいな。SOS以外であいつに予定入れてくるやつがいたのか。」
「それは長門に失礼……だけど同感だな。何でも、コンピ研の部長とパソコン見てくるんだと。」
キョン子がそう言うと、ハルヒコはあぁ、と納得したようにため息ともつかない返事をした。射手座の日以来かの二人は仲のよろしいようで、特に部長の方は傍から見ても長門に惚れているのがすぐわかる。それに気づいていないのは極度に恋愛に疎いキョン子くらいだった。
「長門め、デートを優先するとはけしからんな。でもまぁあいつが……」
「でっデート!?」
話の腰をおられてハルヒコはむっとしたが、それよりキョン子がデートという言葉に反応した方に驚いた。
「何だよ、あの二人ならデートといって差し支えないだろ。長門があのちんちくりんをどう思ってるかは知らんが、まぁ付き合うのは秒読みってとこだな。」
「な、長門に限ってそれは」
「何でないって言い切れるんだよ?あいつだって男だし、まんざらでもなさそうじゃねぇか。趣味も合うようだしな、俺はお似合いだと思うが。」
長門のこの話題はキョン子にとって青天の霹靂だったようで、ハルヒコの話を聞いている間にも何か反論したいがしかるべき言葉が見つからないというように口をパクパクさせていた。
「つ、つ、付き合う、って」
「さっきから何なんだお前は。俺はこの話題飽きた、キャッチボールすんぞ。」
「えぇっ」
ハルヒコは持参した団員全員分あるグローブの山(出どころは不明である)から二つ手に取り、その内一つをキョン子に投げ渡した。キョン子はわたわたと受け取り小声でまたえぇっと呟いた。
ハルヒコの望みどおりキャッチボールを始めてみたものの、ボールが三往復すれば続いた方であり、ほとんどは二往復もしないうちにキョン子がキャッチミスをしてボールを落とした。要するに上の空だった。
「テメーッやる気あんのか!そんなんで甲子園出れると思ってんのか!?」
「だ、誰が甲子園に出るって言ったんだよ!」
運動は苦手なんだからしょうがないだろ、と言いながらキョン子は取り落としたボールを拾って投げ返した。それにしたってハルヒコはキョン子のレベルを見て速度や距離を微妙に調節していたし、途中からは下手投げにしていたというのにキョン子のミスは減らなかった。さすがのハルヒコもあの話題から明らかにキョン子が変なのを無視することはできそうにないようだと悟ったようで、結局は
「そんなに長門のことがショックだったのか?」
と話を戻したのだった。
キョン子はキョン子で急に気になっていた話題を振られてぎょっとはしたものの、そりゃそうだろ!と目一杯に返事をした。
二人ともグローブを山に戻し、休憩がてら川を眺めるのに調度良さそうな高さの土手に座ることにした。草が伸び放題のところも少しあったが、殆どはつい最近刈られたようできれいに切り揃えられている。二人並んで草の上に腰を降ろすと、手のひらから伝わる感触が妙に懐かしい感覚を呼び起こさせた。
「だって何でよりによって長門がハルヒコにだけそんな話……わ、私にはしてくれなかったのに。あ、私が、じょ、女子だから?」
「あのなぁ、あんなもん本人が言わなくてもわかるだろ。明らかに部長は長門に惚れてるし。」
「仲いいだけだと思ってた……」
「最近は週二くらいはコンピ研行ってるんだから、仲いいの範疇は超えてると思うぞ。」
「そ、そうかなぁ。ていうか部長は本当に長門のことを、その……」
「それはもう疑う余地ないだろう。長門と喋ってるときだけ妙に優しいし、そのわりにキョドってるし、すぐ赤くなるし。あいつ長門の顔もまともに見れてないと思うぞ。」
「言われてみればた、確かに……?」
う~んとうなって頭を抱えるキョン子を見て、ハルヒコは呆れた。あれほどわかりやすい片思いの例がすぐそこにあってなぜ気付けないんだ、と。そしてなぜ長門がそういった話を自分にしてくれなかったというだけでこんなに悩めるのかと。この様子だとまるで……とまで考えてハルヒコは軽く目を閉じた。それは一つの解答に対する抵抗だった。しかしこの状況で、その確信に近い予想を堰き止めることはもう不可能に近かった。今まで何となく怖くて、頭の中から追い出してきた言葉が、ほとんど無意識にすっと口からついて出てしまったのだ。
「お前もしかして、長門のことが好きなのか?」
う~んとまだ唸っていたキョン子の動きがピタリと止まった。かと思うと顔をばっと上げて、ハルヒコと視線がカチンとぶつかった。その表情は見事に歪んで、嫌悪をあらわにしている。
「お前なぁ、どうしてそうなるんだよ?」
と言ったのはキョン子である。
「お前の言動からはそうとしか思えん。」
「ハルヒコって意外と恋愛脳なのか?いや、さすがにそれはないか。でもその発想は少し飛びすぎてるぞ。私はあくまで私は長門と一番仲良しなのは自分だと思ってたのにそういう話をしてもらえなかったからショックってだけだ。」
「本当かよ。」
思わずそう返したハルヒコの胸には、正体のわからない安堵とまだ嫌疑の晴れない焦燥感が入り交じっていた。自分でもよくわからない、その感情はもしかしたらキョン子と同じなのかもしれないとも思う。もし長門のことが好きなら俺には教えてくれていいんじゃないか。一姫より先に、とまでは言わないが。そう思った瞬間に初めて、ハルヒコは中学までの恋愛に対する疎ましさがいつの間にか薄らいで、普通の高校生らしい興味でもって友人の恋愛事情を知りたいと思う自分に気がついた。それは穏やかに人間らしい興味であった。
「はぁ……それにしても、みんな私の知らない内にれ、恋愛とか、してるんだな。」
ため息混じりにキョン子は呟く。
「私が知ってる人でも、私の知らないところでは、全く別の顔して、好きな人に恋してるんだろうな。それって何だか……すごく……」
続きの言葉は恥ずかしくて言えないというように、キョン子は言葉を濁した。
「そんなの当たり前だろ。それにそういうお前だって本当はそいつらと大して変わらない。」
「おい、私は本当に長門のことは」
「別に長門のことは言ってねーよ。お前を含めて、みんな恋愛してどっか遠いところに行くんだ。それは友達とかそういう仲じゃ追いつけないほど遠くにな。」
「……親友でも?」
「親友なら恋愛の話もしてくれるかもな。でも大差ねーよ、話してくれるってだけだ。距離はたぶん変わらない。むしろまざまざと見せつけられるのかもしれん。でもそれにしたって、友人ならそいつの幸せを祝福せざるを得ないんだ。」
「ふぅん……」