雪を継ぐ者と黒い雨 Ver.Sample
また、これはラウラは気づきもしなかったが彼にはもう一人の指導者がいた事も、それを可能としたと言えた。
篠ノ之箒。日本代表候補生であり、ISを開発し世界を変えた稀代の天才、篠ノ之束の妹。実家は篠ノ之流と呼ばれる道場であり、そんな彼女は剣という分野に関しては一夏並み。そして、IS適性も高いため、織斑千冬ほどではないにしろ、ハイリスクハイリターンな動きをこなすことができる。そして、織斑千冬ほどではない、という事で一夏がトレースしやすいのだ。
故に、彼はこのような戦術を取れる。
故に、そこに隙が生まれるのは明白。
「――来ないのなら、こっちの番だ」
彼女に聞こえたか否か。それが定かになる前に、彼は瞬時加速(イグニッション・ブースト)を起動させる。半ば強引なものであるが、そも、瞬時加速に微調整を加えるなど猛者にならなければ不可能。つまり、瞬時加速という分野においては一夏は平均的IS操縦者と然程変わらないと言っても良い。そして、そんな彼が、ラウラとの距離を詰めようとしている。
それに気づいた彼女は距離を取ろうとする――が、間に合うはずもない。通常移動と瞬時加速。疾いのはどちらか。当然、瞬時加速。つまり、彼女は一夏に追いつかれる。
「捕まえたぁっ」
振りかぶり、渾身の一撃を一夏は放つ。近接ブレードの長所は装甲無展開部分を狙って斬る事が容易である事だ。無論、斬りに行くのも難しいのだが、射撃と比べて無展開部分を狙って斬れる可能性が高くなる。故に――この状況における織斑一夏の勝利はほぼ確定的。
こんな状況では一夏にイニシアチブがある。つまり、一夏の勝利となり、クラス代表の座は織斑一夏となる――はずだった。
振り下ろした刀は確かに、装甲無展開部分を狙い斬りし、シールドエネルギーを削りきった筈であった。だが、だがしかし、だ。
目の前にはまだ動いているISがいる。
「――なんだよ、これはっ――!?」
シュヴァルツェ・レーゲンは形を大きく変化させ、ラウラの身体を包み込む。
これは、普通ではない。異常だ。
一体なんなのか。彼にはわからない。
わかるものがいるとすれば、それはやはり、専門家なんのだろう。
そして、今の一夏にわかる事はただ一つ。
――気を引き締めないと、殺(や)られる。
「おい束! あれは一体どういう事だ!」
緊急事態に声を荒げたのは織斑千冬だった。想定しえなかったシュヴァルツェ・レーゲンに発生したトラブル。そして、そんななか、弟の一夏が危険にさらされているとなれば、普段の冷静さはどこへやら。とはいえ、そんな状況においても、すぐに観客を避難させ、各教師陣に出撃準備をさせるなど的確な行動をしている――が、恐らくシュヴァルツェ・レーゲンから発生しているのであろう電波により、アリーナ内部へ通じるゲートがロックされていた。
<どういう事って言われても、ヨーロッパの方の技術は意味わかんないんだよ、ちーちゃん。そもそも、インフィニット・ストラトスに関しては私が第一人者のはずなのに、ISとなると話は別だよ。BT兵器なんて私には発明できないし。なんとかデータを解読してどうにか紅椿(あかつばき)に副兵装として着けれたってレベルなんだよ>
そんな彼女と通信機器を介して会話をしているのは稀代の天才、篠ノ之束であった。
インフィニット・ストラトスを発明し、現在の女尊男卑を生み出した元凶ともされている人間の一人である。その優れた頭脳とISの知識からIS学園所属の技術屋となっている。白式の開発に携わり、妹の専用機、紅椿を自分の手で組み上げた女であり、世界からの注目度は高く、日本の切り札のうちの一枚なのである。
「そんな事はどうでもいい。今は、シュヴァルツェ・レーゲンの話をしている!」
<まぁ、ちーちゃんが真面目なんだし、私だって少し真面目にやりますよー……――シュヴァルツェ・レーゲンだね? ドイツ製最新鋭ISだけど未完成だね。AIC――アクティブ・イナーシャル・キャンセラーを搭載する予定だったけど、いっくんの入学に合わせるためにオミットしたみたいだね。こっちの情報網では搭載するかも、っていう話くらいはあったしね。まぁ、それは今回の話には関係がないんだけど、そもそも、ドイツという国は結構腹黒いんだよね。というか、彼女の出生自体黒いしねあの国。まぁ、ともかく、可能性として挙げられるのは、VT――ヴァルキリー・トレース・システムだね。元々はアメリカで開発されてたものが、ドイツに流れていたみたいだ。まぁ、内容は名前から推測できるよ。モンド・グロッソの上位入賞者の動きをどうにかして模倣(トレース)するもの。あの装備を見る限り、ちーちゃんを模倣したみたいだね。今すぐ壊したくなってきたけど、生憎、ただ壊すだけのものを作るのは私的に苦手だから、やっぱり、ここはインフィニット・ストラトスの出番だよ>
「……なるほど、な。圧倒的防御力と機動力を兼ね備えた機体で、神風特攻でもすればいいのか?」
<神風特攻とか言わないでよちーちゃん。インフィニット・ストラトスにとってはそんなのは特攻にすらなりえないよ。一方的な攻撃なのさ。ISってのは戦闘用にインフィニット・ストラトスを改悪したものだからね。必要以上に武器を搭載しているから、シールドエネルギーを上手くはる事ができず、結局のところ、一回の被弾で消費するシールドエネルギーがインフィニット・ストラトスよりも多いんだ。その点、私が開発に関わっている白式や、フルスクラッチの紅椿、今はフルメンテ中の暮桜は違う。インフィニット・ストラトスのまま戦闘にも対応できるように装備は必要最低限にしている。白式は倉持技研のせいで色々装備させられているけど、今の状態ならISよりは防御力に秀でてるね。でも、やはり必要なのはインフィニット・ストラトス並みの防御力、となれば――不本意だけど、箒ちゃんに頑張ってもらうしかないんだよね……。あぁっ、箒ちゃんを危険な目に合わせるとか私姉失格だよー!>
通信機器越し故にその顔がどうなっているのかは見えないものの、千冬には頭を抱えて泣いている彼女が見えた気がした。
「……安心しろ。私もお前も既に姉失格だからな。……とりあえず、箒に出撃させればいいのか?」
<そうだね。いくら教師陣が国家代表とか元代表候補生の猛者といっても、あれはちーちゃんの動きをトレースしている以上、回避は絶望的と言っていいね。となれば、操縦に関して生徒よりも上な教師陣よりも、教師陣に操縦面では劣るものの機体の防御力では上な箒ちゃんがベターだね。ベストはちーちゃんと暮桜なんだけど……暮桜はフルメンテ中だし……>
「そうか。わかった。束、とりあえずアリーナのゲートロックの解除にはどれくらいかかる?」
<そーだねー……五分――いや、三分で終わらせる。カップラーメンも食べさせないよ!>
「わかった――篠ノ之箒、聞こえるか?」
束との通信を切った直後に、彼女は箒に通信を繋いだ。
<はい、聞こえます千冬さ――いえ、織斑先生>
作品名:雪を継ぐ者と黒い雨 Ver.Sample 作家名:YBF