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雪を継ぐ者と黒い雨 Ver.Sample

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 しかし、ラウラ・ボーデヴィッヒは優秀な軍人である。
 不利な状況がなんだ。不利な状況であろうと任務を遂行し、有利にしてみせてこそが優秀な軍人なのである。彼女が過去に経験した訓練の中には、今よりも過酷なものがあった。そして、それをすべてクリアしたからこそ、彼女は隊を任されるようになり、実力を認められ、ドイツの代表候補生となったのだ。故に、彼女はそこから逆転するための作戦をこの短時間に考え抜き、そして、それを実行に移す。
 近接戦闘。彼らは互いに近距離と言うには近すぎる、云わば至近距離という範囲に身を置き、攻防を繰り広げていた。が、その主導権は彼、織斑一夏が握っている。となれば、彼女、ラウラ・ボーデヴィッヒはその主導権を奪い返す――つまり、近接戦闘から離れることが大事であった。故に、何が有効か。
 相手に近づいていては危険だという事を示す事だ。いくら近接戦闘に於いてイニシアチブを握れている織斑一夏であろうとも、あくまでも一般人の域を出ない。優秀ではあるが強者にはなりきれていない。要は、まだ完成していないのだ。故に、ラウラはそこに付け込む。いくら彼が強かろうと、恐怖心には勝てまい――そう思って、至近距離で大口径レールカノンを放つ。
 本来であれば有効打にはなり得ないそれだが、この場合では有効打になり得た。ワイヤーブレードを咄嗟に展開し、一夏の動きを鈍らせたのだ。絡め捕られてしまえば終わりだと一夏は認識し、慎重になったところを大口径レールカノンの弾頭が迫る。その一撃は大きい。装甲のある部分であればともかく、装甲のない部分に被弾すれば、シールド・エネルギーが大きく削られてしまうのは目に見えている。それを認識した一夏は緊急回避を実施すべく、咄嗟にスラスターを吹かし、回避する。
 ――ラウラとの距離を広げる形で。
「しまっ――」
「もう遅いっ!」
 状況は一度リセットされた。となれば、一夏の得た有利な状況はそこには存在しない。主導権はラウラ・ボーデヴィッヒに移行し、黒い雨はその勢いを増す。小雨から嵐のそれへ。通り雨などではない。夕立でもない。嵐。断続的に降り続け、風によって真正面から身体向かってくるような激しいそれは嵐としか言いようがない。
 ワイヤーブレードで一夏の動きを鈍らせつつ、プラズマ手刀によって装甲の展開されていない部分に直撃させる――それこそが、ラウラ・ボーデヴィッヒの作戦。その作戦には隙がなく、そして、ラウラには容易なもの。織斑一夏の並外れた近接戦闘スキルをもってしても、これには対応できない。対応できるはずがないと彼女は踏んだ。
 それと同時に、一夏を少し認めてもいた。無論、感情では認められずにいる。だが、その近接戦闘における才能は評価するに値し、また、それほどまでの近接戦闘に於ける実力を持つ者は彼女の隊にもごく僅かしかいない。彼女の受け持つ隊、黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーゲン)はドイツ軍が誇る優秀なIS部隊だ。それを凌ぐ近接戦闘に於ける技能を彼女が評価しないわけがなかった。
 無論、織斑一夏の動きはまだまだ未熟である。高速戦闘に持ち込んでしまえばそれはすぐに露呈する。先ほどの緊急回避にしても、すぐに切り返すことができるのであれば、再びイニシアチブを握ることも不可能ではなかった。にもかかわらずできなかった、という事は織斑一夏は戦闘機動に難があるという事だ。
 ISに於ける戦闘の基本は高速移動を主とした戦闘機動にある。近中距離戦闘においてはそれが基本となるうえ、これができなければ回避もままならない。ISはただ撃ち合うものではない。その高機動を活かすことができなければ、ISを使いこなしたとは到底言えないのだ。
 だが、戦闘機動は習得するまでに時間がかかる。これがIS操縦者に於ける操縦時間の長さこそがIS操縦者の実力を測る指標(バロメータ)となるという格言を生み出したのだ。基本中の基本こそが最大の難関。これができなければ、ISによる戦闘に対応できない。そんなものを、織斑一夏は習得できただろうか。
 否、習得できるはずがなかった。確かに、織斑一夏は近接戦闘においては本職であるはずのラウラ・ボーデヴィッヒを圧倒するほどの技術を見せつけた。だが、あくまでもそれは剣道で得た経験を活かす事ができたからだ。戦闘機動というものはISを操縦することでしか身につけることができない。彼はISの適性があると判明した後に操縦訓練を多く受けた。しかし、そうであっても、彼女からすればお粗末な戦闘機動しかできずにいた。
 そんな彼を狙い撃つなど造作もない。ラウラは緊張する事もなく、大口径レールカノンを発射する。
 不可避。この攻撃は不可避。回避などできない。
 彼の戦闘機動はあまりにも拙い。それをごまかすために稀に動きを左右させ、狙いをつけにくくしているものの、その左右の動きのタイミングを誤ってしまった。やるとすれば、もう少し不規則に、相手に読みづらい機動をするべきだった。しかし、彼にはできなかった。左右の切り替えの直後に放たれたそれを回避する術など、ない。
 このままであれば装甲のない場所に必中。シールドエネルギーを大幅に削る致命的一撃。彼女は勝利を確信していた。勿論、そこに慢心等ない。万が一に備え、何があっても対応できるように身構える。
 そして、不可避な一撃は――彼に当たらなかった。
「――どういう、事だ……?」
 彼女は慢心等していない。だが、予想外の事に頭が働いていないようだった。軍人としてそのような行動は失格であるのは間違いない。だが、彼女がそこで思考停止に陥ってしまうのも無理もない事であった。

 ――有り得ない。

 ラウラ・ボーデヴィッヒは優秀な軍人だ。様々な状況に対応すべく長時間の訓練に耐え、その訓練の果てに彼女は様々なコンディションであっても求められた結果を出す、完璧な軍人なのである。
 だが、そんな訓練であっても、見ることのできない奇跡が起きたなら。
 予測不可能なナニカが起きたなら。
 彼女であろうと、困惑を隠せないのは必然――

「……どうした? 千冬姉だってこれくらいのこと、やっているだろ?」
 其処には、近接ブレードを構えた一夏の白式がいた。否、レールカノンの砲弾を切り裂き、残心の姿勢を保っている一夏がいた。
 砲弾を切り裂く。それに必要なのは刀剣の技術だけでなく、迫る砲弾に対して冷静に行動を起こせるだけの精神力が必要となる。そんなものを一般人が持ち合わせているかと言えば、否だ。
 そんななか、一夏は可能とした。不可能と思えるそれを実現したのだ。並外れた近接戦闘技術と、不屈の精神力。その二つを備えているが故に可能とした奇跡。
 戦乙女(ブリュンヒルデ)とまで呼ばれ、最強と名高い織斑千冬なら狙ってこのような事を可能としたかもしれない。そんな事はラウラにもわかっていた。だが、それを千冬以外の人物が可能としたということを、目の前の彼が可能としたということを認められずにいた。
 ハイリスクハイリターン。それを徹底し、勝利を収めた彼女が使用した戦略。圧倒的な実力を持っていた彼女だからできた芸当。――だが、それと同じ素質を持つものであれば?
 かつ、彼女の指導を受けていたら?
 不可能では、ない。