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IS  バニシングトルーパー α 001

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[chapter:プロローグ]



 「生きたいか」
 朦朧とした意識の中、聞き覚えのない男の声が耳元に響いた。
 その男の顔を見ようとするが、体は脳の言うことを聞いてはくれない。
 それ以前に、眼球の表面を覆った赤い液体のせいで、何も見えやしない。
 ガラスや鉄の破片に刺されて、焼かれるような痛みに襲われていた俺の体はもう、何も感じなくなっている。

 「……生きたいか」
 男は低い声で、俺にもう一度問いかけた。
 お前は誰だ。
 なんてことは聞かない。
 聞くだけの余裕を、俺には持ち合わせていない。
 体が寒い。
 出血しすぎたせいか、体温が急激に低下していくのが分かる。
 ただ、指先だけがドロドロとした血液に濡らされて、まだ僅かな温もりを感じている。
 これはまずい。
 あと五分もしたら人生が終わりそうだ。

 ――生きたいか。
 その言葉を、俺は一度だけ脳内で反芻した。
 余計な質問だな。
 そんなの、生きたいに決まっているじゃないか。
 楽しいこと何一つ知らないまま、俺は死にたくない。

 ――だから、どんな対価を支払っても、俺は生き延びたい。
 そう思った俺は、自分の答えを口にしようとした。
 問題は痺れた唇を微かにぱくぱくと動かしても、乾いた喉から声を出すことはもうできない。

 「よかろう」
 だがそれだけで、相手はまるでこっちの思考を読めたように、了承の言葉を放った。
 そして次の瞬間に何か――とても熱い何かが、俺の体中を駆け巡った。

 体が熱い。
 傷が信じられないほどのスピードで塞いでいき、身体の感覚も戻って来る。
 まるで奇跡でも起きているようだった。
 生きると言う実感が、再び湧いてくる。
 神の力としか形容てきない出来事だった。
 もし本当に神なら、もう少し早めに来て欲しかったがな。

 「お前にも、任務を与える。アウレフ・バルシェムとともにゲートを開け。切り札を、あの一族の小娘に渡してはならぬ」
 俺の耳元で、男の声がもう一度響いた。
 何を言っている。話飛ばしすぎて意味分からん。
 それより気が緩んできたせいか、溜った眠気が、一気に脳へ襲ってきた。
 少しは休みたい。

 ――助けてくれてありがとう。名前を教えてくれ。
 意識が再び遠くなっていく中、俺は男に名前を訊ねた。
 なにやら仕事を押し付けるようなことを言っていたが、この人のお蔭で死なずに済んだ。だから礼くらい言うべきだろうと思った。

 「この私に、礼を言うか」
 まるでこっちは何かおかしなことを言ったような口調で、男はふんっと鼻を軽く鳴らした。
 それもそうか。ロハだとは言ってないもんな。
 でもとりあえず、死ぬよりはマシだろう。

 僅かな沈黙の後、男は彼の名を俺に聞かせてくれた。
 ちょっと変な名前だった。
 でもどうでもいいことだった。
 細かいことは次に起きてから考えよう。
 そう思った俺は瞼を閉じて、自分の意識を手放した。
 もしこれが俺の運命が大きく変わった瞬間だと知っていたら、もっと別な反応をしたかもしれない。
 けれど俺は疲れた。
 あの男の言葉について深く考慮することもできないほど、俺は疲れていたのだ。





 「……ユーゼス。私の名は、ユーゼス・ゴッツォである」







 IS(インフィニットストラトス)という、宇宙も含めてあらゆる環境においても高い汎用性を発揮できる万能のパワードスーツが世に現れてから、すでに八年の時が過ぎた。
 現存兵器の殆どを一方的に圧倒できる戦闘力のおかげで、出現から最強の兵器というイメージが定着するまでの時間は、かなり短いものだった。
 その中枢となるISコアは全部467個しかないが、それに秘めた可能性は無限大であり、人類が宇宙や深海への探査にも新たな希望をもたらしたが、そのあまりの強大さのため、ISコアは国際会議にて配分を決める。さらに専門組織“IS委員会”によって監督され、アラスカ条約で戦争への直接投入を禁止され、あくまでスポーツとして扱うことになった。
 ここまではいい。
 問題は、このISには欠陥とも言える重大な特徴が存在していること。
 それは、女性にしか起動できないということ。
 ISコアは、女性として生まれた人間でしか反応せず、従って当然男性操縦者は存在しない。
 だがその事実も、のちに否定されることになる。