十七物語
うす暗いアパートに二つの影。
ひとつの女性。
ひとつは赤子。
明かりはつけない。つけられなかった。止められていたから。
夕闇が差し迫る中、黒電話の音だけが鳴り響いた。
女は子どもを抱きかかえながら、恐怖と絶望に震えていた。
すがるような想いで、何度も何度も赤子にキスをした。
ごめんね……あたしが、計画性のない子だから
パパのこと、好きになっちゃったから……
必死に生きてたからさ、パパ
短い人生ってわかってて、必死に……
そんでね
あたしも、長くないんだって
ごめんね……
太一はこれから、いっぱい苦労すると思う
あたしも、もういないパパも、味方になってあげられないんだ
でもね
愛してるよ、太一
すごく、すごく愛してる。生んでよかったって、思う
もし生まれ変われたら、もう一度生んであげたいってくらいだよ
そんくらい、愛してるんだ
ごめんね……それだけしか残してあげられなくて
生活の限界と、自らの死期を悟った女は、実家の母親に連絡を取った。
そこで初めて、夫と自分の病気について話した。
「どうして黙っていたの!」
母は怒った。父も怒った。怒ってくれた。知ってさえいれば、もっと別の選択肢があったかもしれなかったから……。
かくして親子の和解は成った。
娘は自らの子どもを両親に託して、静養のために入院した。
そして…………………………。
こうして、ある女と男はその短い生涯を終えた。
残された子は、その後、諸所の事情でとある山奥の邸宅に預けられることになる。
その子どもの人生には、更に過酷で数奇な運命が待ち受けているのだが――――――――それはまた、別の話。