いつものあなた
やってきたアンディを一目見るなりアンナはこう言った。
「……男のやりそうなことよね……」
はあ、と苦いため息を吐き、嫌そうに目をすがめて、腕組みをして立ち、アンディを上から下まで眺める。
「……」
アンディは死んだ魚のような目をして沈黙して、突っ立ってじっと動かずに、アンナのその遠慮のない視線を受け止める。
今のアンディの姿は。
おかっぱ頭の横髪を片側だけてっぺんに近い高い位置で結んで大きく派手なショッキングピンクのリボンをつけ、首元にも大きな赤いリボンをして、白い半袖のシャツを着て二の腕をむき出しにしていて、シャツの上には紺色のだぼっとした分厚い袖なしのセーターを着ていて、その下に穿いたスカートは某大型安売り店などで手に入るコスプレ用の安っぽい生地の薄く妙にテラテラした紺色のセーラー服のもので、短くしたスカートの下から太腿をむき出しにしていて、膝から下はゆるゆるの真新しい白いルーズソックス、上履きは普通の上履きだが。それに、大きな黒い鞄に花の輪っかだのぬいぐるみだのを山とぶら下げた物を腕にかけて。
なんとも不格好だ。
ふざけてわざとしているようにしか思えない。
しかも、頭のリボンは重すぎて傾いてしまっているし、スカートは短くするために何度も折ったのか、裾の長さが全然合っていない上に、ただでさえ大きすぎてだんだん腹のようになったセーターを中から押し上げて膨らませてしまっているし、ルーズソックスは太くて緩すぎて上履きの上でとぐろを巻いた蛇のようになってしまっている。鞄だって大きくて真っ黒で、まるでドラマで強盗が銀行を襲う際に『これに金を詰めろ』と差し出すバッグのようで、それにピンクやらオレンジやらの派手な色の花やぬいぐるみがどっさりついているのだから、違和感がある。
なんていうか、総じて、全体的に、ひっくるめて、ひとことで言うと。
みっともないことこの上ない。
その格好でアンディは……腹を抱えて笑っているウォルターを引き連れて……アンナの元を訪れたのだ。
中等部の風紀委員の使っている会議室に。
アンナは中等部の風紀委員なので。
そしてアンディは中等部の生徒会執行部部員であり、その仕事のことで会議室にいるアンナの元を訊ねたのだ。
その仕事のことでというか、その仕事をするためにというか。
ちなみにウォルターは高等部の執行部部員。
この訪問にあらかじめ連絡は入れてあった。
だからアンナは驚くでなく、呆れたのだ。
別の驚きはあったようだが。
「……よくもこんなにダサくできたよね……」
もう一度大きく『ハァッ……』と肩を落としてため息を吐いて、げんなりといった様子でぼやく。
「これだから男って……」
「……だから、君のとこに来たんじゃないか」
目を開けて突っ立ったまま息をしていないんじゃないかとさえ思われるほど人形のように固まっていたアンディが、部屋に入ってから初めて口を開く。
ぶすっとしてひとこと吐いたきり、アンディはまた黙り込む。
口をへの字に曲げて、目を半眼にしてアンナを見据え、険しく眉をひそめて。
人形といっても、こんな仏頂面のマネキンはない。『自分の格好が気に入らない』と、顔中で全力で主張しているマネキンなんてない。
しかも、それだけでなく、実にイキイキと全身からどす黒い殺気を放出しまくって。
アンナは『おっと』とたじろいで口をつぐむ。
下手をしたら、殺されそうだ。そう、とくに笑ったりなんかしたら。
そう思ったアンナの目がアンディの背後で床にしゃがみこんで肩をぶるぶると震わせている赤い髪の男に移る。
……笑っている。
バレないよう背中を向けて口を押さえて必死にこらえようとしているみたいだが、こらえ切れていないし、そもそも今までだって笑っていた。
廊下で笑っている声も部屋に聞こえていたし、部屋に入ってきた時の顔だって、それに涙目なのもはっきりと見たし。今は声は抑えているが。
はっきりと笑っている。
だが、まだ生きているようだ。生きているからこうして笑っているのだ。
アンナは呆然とそれを眺めて首を傾げる。
(いつアンディはとどめを刺すのかしら……?)
とどめを刺す……つまり、息の根を止める。
それが当然のような気がする。
この状況をアンディが許すはずがない。絶対に。
そうアンナは不思議に思う。
アンナは知らなかったが、実は危機はもうあった。
ウォルターがちょっとしぶとかっただけで。
会議室に来るまでの間に。
それでも笑い続けているのだ。
本当にしぶとい。
だからアンディはウォルターを放置しているのだ。いや、正しくは、無視。
それにしても、笑われるとわかりきっているこの女装を、よくアンディが承諾したものだ。
アンナの首はどんどん傾げられていく。
不思議でしょうがない。
まあ、仕事だからか。
地雷は踏まないよう避けて……これ以上この格好の感想は言わないようにして……アンナはひとつの疑問を片付けにかかる。
「執行部って女の子いなかったっけ?」
「いるにはいるけど……」
こくんっと首を傾げたアンディが、空中をにらむようにして、たいして口を開かずに、ぼそぼそと話す。
「仕事の内容が内容だから、女の子抜きで話をしようってことになって……男だけで話し合って、計画を立てて、一部実行に移した結果が、今君の見てるコレだよ」
ああ……とアンナはゆるい笑みを口元に浮かべてうなずく。
なんというか、フォローのしようがない。
なるほどねって感じだ。
納得。
メールで連絡をもらった際にアンナは少しばかり事情を聞いていた。
「痴漢退治……なのよね、アンディ達の今回の仕事って」
「そう」
アンディはツンと顔を上向ける。
「学校の周辺でそういう事件が何件かあったみたいだ。本当は執行部の仕事じゃないんだけど、警察の仕事なんだけど、それじゃ足りないからって、上に頼まれちゃってさ。校内パトロールの範囲を校外にまで広げてくれって。そこで、だったらいっそつかまえちゃおうってことになって……」
アンディが女子学生の格好をして、犯行のあった時刻や現場を絞ってそこを歩くことになったのだ、囮として。餌になって犯人を釣るために。もちろん、執行部の他の部員が隠れてついていって、犯人が現れたらつかまえるつもりで。
痴漢の現行犯逮捕で警察に突き出すつもりで。
これは、確かに、本物の女の子を使うわけにはいかないが。
「大変だね……」
アンナとしては、むしろ『ご愁傷様』と言いたい。囮として選ばれたアンディに。
言われたアンディがその言葉から何を読みとったのかウロウロと目をさまよわせ、がっくりとうなだれた。
「……仕方ないさ。ボクだって嫌だけど、早くつかまえた方が楽なのは確かだ。めんどくさいけど」
そう言って、フゥ、とため息を吐く。
執行部の会議で、『だったらいっそ』についうっかり同意してしまったのだ、アンディは。
自分が女装させられると知っていたら、あの時絶対に首を縦になんか振らなかったのに。
いくら長いこと学校の外までパトロールするのが面倒だからといって。
こうなるとわかっていたら断固反対していた。