いつものあなた
でも、一度賛成してしまったことなので……犯人をつかまえるということには。
そのための方法のことで、ただ犯行時刻に現場に隠れて待つよりはと、説得されてしまった。
そのやりとりを思い出して、アンディの顔は暗くなる。
……みんなで寄ってたかって……。
「まあ、アンディくらいだからなぁ。女物の服が着れて、しかも不自然じゃないのって」
後ろで低い声がぼそっと言う。
ピクンッと微かに身をはねさせ、アンディはゆっくりと後ろを振り向く。
笑をようやく治めて、目をこすって涙をぬぐい、やれやれと立ち上がるウォルター。
その口元はまだ笑みの形だが。
それを見て、アンナの同情的な態度に怒りを静めてむしろ悄然としていたアンディが、鋭い殺気をよみがえらせる。
アンディひとりを除き、満場一致で囮役に決められたのだが、その中でもウォルターは。
決まった時にふき出して、着替えが用意されている間も着替えを手伝っている間もずっとニヤニヤしていて、アンディが着替え終わった姿を見てから大笑いし出して、笑いに笑って、笑い転げて。
アンディの目はカッと見開かれ、らんらんと強く輝き出す。
「ウォルター、おまえぇ……」
さっき一撃を喰らわせたけれども、まだ足りないか、と。
剣呑な目つきに、ウォルターが慌て出す。
手を前に突き出して、ばたばたと横に振った。
「いやっ! いやいや! 待て、アンディ。俺だけじゃない!! みんなの意見だ」
その言葉に、執行部の会議中でのことを思い出し、アンディの目から光が消え失せ、濁る。
「……でも、ボクの意見じゃないよ」
ぼそっと言ってうつむいて、ハァ……とため息を吐く。
怒っているのはウォルターが笑ったことに対してで、いやもちろん女装のことも怒っているけれど、他の仲間に当たれない分、八つ当たり気味にウォルターひとりに怒りを爆発させたけれども。
それよりも。
(誰も反対しないなんて……)
変だからやめろとか、あんまりだからやめてやれとか、どっちの面でもいいけれど、誰ひとりそういうことを言わずに、全面的に賛成で、それだけでなく熱心に協力してくれたということが。
男のプライドも傷ついたし、酷いことを平気でされて、人間不信に陥りそうだ。
自己嫌悪もあるし。
いろいろと含めてあまりの情けなさについ落ち込み勝ちである。
どいつもこいつも。
「クソッ……」
険しく吐き捨てると、アンナとウォルターがビクッとする。
「落ち着いて、ね……? アンディ」
「まぁまぁ、仕事なんだから、ここは抑えろよ」
傍らに寄り添って腕に手をかけてやさしくおだやかになだめるアンナ。
高圧的に先輩面で上から『仕事』を押し付けてくるウォルター。
「……」
女と男の違い。
どちらも正解なんだけど。
でも。
(誰もわかってくれない……)
どちらもアンディの心を癒さない。
傷ついたアンディの心を。
そこには触れてこない。
(ボクの気持ちなんてどうでもいいのか……)
アンディは黙ってムスッと下を向いた。
(泣きたい……)
多分、涙が出るのは、こういう気持ちだ。
泣かないけど。悔しいし、泣かされてたまるかだけど。
とりあえず静かになったアンディに、アンナはそっと腕から手を放し、様子をうかがいながら、おそるおそる言う。
「……それで、私はこのみっともな……いえ、ちょっとおかしなところを直せばいいのよね……?」
途中でまた一段とアンディのどよ~んという暗さが増したので慌てて言い直す。
岩を頭に落とされたみたいにアンディは重たく沈黙している。
なんだか震えているようだ。
アンナはそわそわと辺りを見回す。
今はちょっと訳アリのふたりが来るということで会議室を貸し切りにさせてもらっている。
というわけで周囲に人がいない。
(どうしよう……)
アンディ泣いちゃったらどうしよう、イジメみたいなものよねコレ、でも仕事なんだから感情抜きでいったほうがいいのかしら、そうしたら傷口に塩を塗りこむみたいな真似しなくて済むし、アンディが開き直ってくれたらいいんだけどな……な、アンナの内心。
いっそ周囲にたくさん人がいてくれたら、仕方のないことと諦めて、アンディがこうもしょんぼりすることはなかったんじゃないかと。
内心で怒りは抱えていても、外見上は平静を保てたはずだ。
男というものは意地を張るイキモノなので。
とくにアンディなんて強情っ張りなので。
きっと平然としてみせたに違いない。
いや、今だって、そんなに見た目に表れてないけど。
でもなんかぷるぷるとしている。
……これは進めてもいいものか。
アンナは迷う。
もうちょっと慰めたほうがいいか、でもそれも余計に可哀想だし、とか。
(女にかばわれるみたいできっと嫌だよね……)
……アンディにはなんとか落ち着いてもらいたい。だって、この後にすることが。
いわゆる<ビフォーアフター>なので。
つけられた傷口をえぐり、またさらに新たな同じ……いやそれ以上に大きな傷を作ろうというのだから。
いや、『直す』んだけれども、ある面では。
でもそれはきっとアンディを傷つけるだけに違いない。
それこそナイフでぐさぐさと刺すように。
……だから、なんとか平常心を取り戻してほしい。
そうじゃないと、怖くて自分も行動できない。
冷静になってもらわないと。
アンナのさまよわせた視線が、アンディの隣に立ってその肩にぽんと手を置く男に止められる。
もうすっかり笑いを潜めたウォルターが……表面上はということで、裏ではどうかわからないが……真面目な顔をして、声を低めて言い聞かせる。
「なぁ、アンディ……そんな怒んなよ。任された以上、これも仕事だって。仕方ねぇだろ。みんな真面目で、ふざけてたわけじゃないって」
アンナの期待の目が失望に輝きをなくす。
いや、アンタ、笑ってたよね、って。
なんて説得力のない……っていうか。
笑みの形のまま凍りつかせた顔を冷や汗が伝い落ちていく。
これは……ヤバい……かも。
危機感を抱くアンナにお構いなしにウォルターがさらに言い募る。
「囮に最適なのがおまえだったってだけで、俺たちはちゃんと俺たちの仕事をするからさ。ダリぃけど。とっとと犯人捕まえて、さっさと終わらそうぜ。おまえだってそれに賛成したじゃん。な? だから我慢しろ」
「……」
無言のアンディ。
アンナの引きつった顔にたらたらと大量の冷や汗が流れ出る。
(わ……わざとやってるのかしら……?)
何故ここまでアンディの傷口をえぐるような真似を。
おかげで、アンディから発せられるオーラで暗く重たいだけになっていた部屋の空気が、冷たくチクチクと肌を刺すようになってきていて。
まるで吹雪の雪山で目を光らせる飢えた獰猛な熊に見据えられた時のような、強い殺気を感じて、寒々しい。
……いや、そんな経験ないけど。
でも、多分、それはこういう風な……。
ゆっくりと顔を上げたアンディが、完全には上げないで途中で止めて、金色の髪の間から赤みがかった妙に強く輝く目を覗かせて、半眼でじっと横のウォルターを見据える。
冷たく、静かに。