デッドロック
1
「なあに、好きな人の話?」
私にとっては数ヶ月ぶりの日本だった。ネウロにとってはどれぐらいだろうか。
聞きそびれていた。聞きそびれるぐらいに、あの時の私は嬉しくて嬉しくてたまらなかったのだ。事務所に戻ったら聞いてみよう。
でもまたあの黒い皮手袋でがっしりと頭を掴まれるのだろう。あのどSっぷりは、やっぱり変わっていないらしい。
勘弁して欲しい。けれど、何故かこぼれてくるのは笑みばかり。
様々なことを考えながら、私は一人で目的地に向かう。
殺風景なその建物に入り、受付を済ませる。私の顔を見て、すぐに周りから視線が集まる。あの桂木弥子だとささやかれる。
そんな空気はもう慣れたもので、何とも無い顔で私はいつもの場所に案内される。
少し冷えた部屋の温度。けれど、それはその人が来た瞬間にあっという間に吹き飛んでしまった。
「あら……ああ、待って。当ててみてもいい?」
「はい」
「助手さんが帰ってきたのね?」
「はい!」
ガラス越しのアヤさんは、最高の笑顔で迎えてくれた。
アヤさんは相変わらず元気そうだった。にっこりと笑う姿は、こちらまで胸に温かいものが広がった。
「実はね、手紙昨日読んだのよ」
「あ、そうだったんですか。やっぱり海外からだとタイムラグあるなあ」
「ええ。昨日も今日も会えて、すごく嬉しい。なんだか得した気分」
笑いあいながら、あっという間に話は弾んだ。
再びの、私とネウロの二人での探偵業。
今までの仕事の切り替えや準備など、やることは山積みだったが、まず一番にアヤさんのところにこうして飛んできたのだ。
「本当に、お互いにお互いが大事なのね。うらやましいわ」
アヤさんがそう言った瞬間に、看守の人がやってきた。時間だろう。いつものように不思議なトゲトゲの両頬を露出させたまま、尋ねてきた。
「なあに、好きな人の話?」
軽く投げかけられた言葉。
さっと脳内で通り過ぎた影。
気づいたときには、消えていた。水に溶けたわたがしのように、あっさりと。
本当にそれがあったかどうかも、もう分からないほどに。
「ずいぶんと楽しそうな顔をしていたもの」
「そうね。その辺りは、どうなの探偵さん。私も少し気になるな」
「ええっと……どうなんでしょう? 考えたことも、なかったし」
困り果てた私を見て、アヤさんはまた笑うのだった。
事務所に向かう帰り道。やはり私は考える。探偵として、考えることはもう癖のようなものだった。
あいつと一緒に居れて嬉しい。それは間違いない。
人を知ることが出来て楽しいという思いもある。それも確かにある。
けれど、好き? 一緒に居て?
考えても考えても、ごちゃごちゃとした頭の中。整理しようにも、整理したところから違うものが混じりこんで、うまくいかない。
ならば、少し時間を置こう。
とにかく今は悩むよりも、この日常を楽しむことをやりたい。
歩く速度は、いつもよりも少し速い。
事務所に戻れば、ネウロから相変わらずの虐待を披露された。
新しく持ってきた拷問道具を試されたり、言葉責めされたり。
忘れていた。基本的にそんなことを考える暇が無いのだ。この魔人、脳噛ネウロの傍に居ると。
「なあに、好きな人の話?」
私にとっては数ヶ月ぶりの日本だった。ネウロにとってはどれぐらいだろうか。
聞きそびれていた。聞きそびれるぐらいに、あの時の私は嬉しくて嬉しくてたまらなかったのだ。事務所に戻ったら聞いてみよう。
でもまたあの黒い皮手袋でがっしりと頭を掴まれるのだろう。あのどSっぷりは、やっぱり変わっていないらしい。
勘弁して欲しい。けれど、何故かこぼれてくるのは笑みばかり。
様々なことを考えながら、私は一人で目的地に向かう。
殺風景なその建物に入り、受付を済ませる。私の顔を見て、すぐに周りから視線が集まる。あの桂木弥子だとささやかれる。
そんな空気はもう慣れたもので、何とも無い顔で私はいつもの場所に案内される。
少し冷えた部屋の温度。けれど、それはその人が来た瞬間にあっという間に吹き飛んでしまった。
「あら……ああ、待って。当ててみてもいい?」
「はい」
「助手さんが帰ってきたのね?」
「はい!」
ガラス越しのアヤさんは、最高の笑顔で迎えてくれた。
アヤさんは相変わらず元気そうだった。にっこりと笑う姿は、こちらまで胸に温かいものが広がった。
「実はね、手紙昨日読んだのよ」
「あ、そうだったんですか。やっぱり海外からだとタイムラグあるなあ」
「ええ。昨日も今日も会えて、すごく嬉しい。なんだか得した気分」
笑いあいながら、あっという間に話は弾んだ。
再びの、私とネウロの二人での探偵業。
今までの仕事の切り替えや準備など、やることは山積みだったが、まず一番にアヤさんのところにこうして飛んできたのだ。
「本当に、お互いにお互いが大事なのね。うらやましいわ」
アヤさんがそう言った瞬間に、看守の人がやってきた。時間だろう。いつものように不思議なトゲトゲの両頬を露出させたまま、尋ねてきた。
「なあに、好きな人の話?」
軽く投げかけられた言葉。
さっと脳内で通り過ぎた影。
気づいたときには、消えていた。水に溶けたわたがしのように、あっさりと。
本当にそれがあったかどうかも、もう分からないほどに。
「ずいぶんと楽しそうな顔をしていたもの」
「そうね。その辺りは、どうなの探偵さん。私も少し気になるな」
「ええっと……どうなんでしょう? 考えたことも、なかったし」
困り果てた私を見て、アヤさんはまた笑うのだった。
事務所に向かう帰り道。やはり私は考える。探偵として、考えることはもう癖のようなものだった。
あいつと一緒に居れて嬉しい。それは間違いない。
人を知ることが出来て楽しいという思いもある。それも確かにある。
けれど、好き? 一緒に居て?
考えても考えても、ごちゃごちゃとした頭の中。整理しようにも、整理したところから違うものが混じりこんで、うまくいかない。
ならば、少し時間を置こう。
とにかく今は悩むよりも、この日常を楽しむことをやりたい。
歩く速度は、いつもよりも少し速い。
事務所に戻れば、ネウロから相変わらずの虐待を披露された。
新しく持ってきた拷問道具を試されたり、言葉責めされたり。
忘れていた。基本的にそんなことを考える暇が無いのだ。この魔人、脳噛ネウロの傍に居ると。