デッドロック
2
「しっかし、本当に弥子は変わらないよねぇ」
席の向こう側で、叶絵は頬ひじをついて、あきれた、でも懐かしいような視線を送る。
私は口元をほころばせながら、レールで回ってくる寿司をどんどん食べていく。たまらなく美味しい。口の中でとろけるトロと一緒に、自分自身もとろけてしまいそうなほど。
しかし気づけば、私の後に座っている人たちの驚きと呆れの目が集中していた。
私は慌ててお茶を飲んで、まだまだ味わおうとする自分の胃袋を落ち着かせた。
「いやー、そうでもないんだよ。自由な時間が少なくなったから、食べれるときにたっくさん食べるようになったし」
「より食欲旺盛になるとか、もう化け物の域だなこれは。この星全部食い尽くす気か」
「あ、それいいかも」
「よくないって」
こうしていると、女子高生のときと変わらない。ほんとうに、変わらない。
無論どちらも背が伸びたとか、叶絵がより女性っぽさに磨きがかかったとか、そういったものはあるがきっと根本的なところで変わらぬものがあるのだろう。
久々に会いたい。そう思ったのは、親友だから。それもあったけど、違う理由ももう一つ。
「で、好きな人でも出来たの?」
「早速それか」
叶絵とそんな話をしたことはたびたびある。
年頃の女子学生ともなれば、恋話が盛り上がるのもさほど珍しくない。
とはいえ。私はあまり参加はしなかった。自他共に認める食いしん坊。花より団子。男なぞより食べ物こそ恋人だと言い張ったものだ。
「んー、正直ね、好きってよく分からないや」
「最初はそんなもんだよ。相手のことを、ずっと考えている。相手もそうなら、より幸せなこと。きっと弥子が思うより、ずっと単純なことかもしれないよ?」
「そうかもね」
好きと言われれば、アイツとは一緒に居たいと思う。それはもう何度も確認したこと。
それだけなのか。それがよく分からない。
もやもやとして、掴もうとしても、うまく掴めない。まるで水のよう。にごっているのに、そのにごったものを取り出せない。きっと溶けたものはわたがし。
他人を知ることは難しい。
けれど、何よりも自分が一番分からない。
最近分かったことだった。
「それに、恋や愛なんて、形は人それぞれなんだよ。弥子もさ、きっといつか自分の恋を見つけるよ」
「そうかなー。……あ、でも私、この寿司なら一生愛せる自信があるよ!」
「ま、それもいいんじゃない? らしくてさ」
今のうちにとにかく食べておこう。これからネウロに引きずり回されるのは、目に見えているのだ。今度はゆっくりと、皿を手にとっていく。
日本のごはんは、やはり美味しい。
魚と酢飯との相性が抜群すぎる。この二組の出会いは運命だったと感動するほどの。
やはり、自分に慣れ親しんだものが、一番おいしいと感じるのだろう。
――ああ、そうか。
私は、日常が壊れていくのが、少し怖かったのかもしれない。
当たり前の日々。日常。それが壊れた瞬間。大切な人が居なくなった時。ネウロとの出会い。すべての転換期。
二度と味わいたくない、あの暗くよどんだ世界。
交渉の仕事もそう。戦争だって。日常を壊してほしくない。実際そう説得したことだってある。
ただ、今はまた違っている。いろんな国に行ってみた。いろんな出会いを、自分から進んでぶつかるようにしていった。
そうだ。それは昔の話だ。
ネウロが居るという日常。
それが戻ってきて、すごく嬉しい。
これは、ネウロが居るという日常が戻ってきてうれしい、というそんな気持ちなんだ。
きっと、それだけだ。
私はもう、止まらないようにしなければ。
「じゃ、そろそろ視線も痛くなってきたし、私は行くね。またアンタの喰いっぷりを見させてよ」
「あはは。こんなものでよろしければ」
私は、とりあえずの言葉で、自分を納得させる。
そんなことより、仕事や謎探しなどやるべきことが、他にたくさんあるから。
言い訳だと、分かっていた。