のろいの結び目
叩いたり蹴ったりを繰り返したが、相変わらず扉は動じないままだった。ほとほと疲れた後というのも相まって、すぐに二人とも無駄な行為を止めてしまった。微妙な居心地の悪さを抱えながら、マットの上に座り込む。明らかに自分のせいだとはわかっていた。自分がつまらないいたずらさえなければ、こんなことにはならなかったのに。無言で俯いていると、青峰っちが額の中央に強烈なデコピンをくらわせた。
「いってー!何するんスか!」
「ジメジメした場所でジメジメした顔してんじゃねーよ」
そのうち開くだろ、と根拠のない台詞を投げると、青峰っちはうつ伏せに寝転んだ。汗の匂いがカビ臭さの間を通る。青峰っちの身体の匂い。さっきまで気づかなかったのに、一度意識してしまうと呼吸をする度に中に入ってくるように感じられる。口の中が、乾く。
定まらない視線を泳がせていると、青峰っちの肩に抜けた髪がついているのが見えた。そっと、出来るだけ触れないようにそれを取ろうとする。が、後ろに目でもあるのか、それはすぐに気づかれてしまった。
「何してんだ」
「か、たに毛がついてたんス」
摘まんだ毛を見せると、納得したのか、またいつものように鼻で笑う。もしかしたら意図して小馬鹿にしているのではなく、クセなのかもしれない。
「あーそういやこないださつきの背中についた毛取ったら怒られたっけな」
「なんでっスか?」
「『背中についた毛をとられると失恋しちゃうの!』だとよ」
「ジンクスみたいなもんスね」
「あほらしい」
また鼻で笑うと、寝返り仰向けになった。目が合う。
「あっじゃあ青峰っちも失恋しちゃうかもしれないっスね」
「はあ?」
口を曲げて不快な顔をする。ジンクスなんて信じてはいないけど、もし本当なら可能性は否めない。今ついていたのは肩だったが。
「青峰っち振られちゃう~」
「振られるも何もそんな相手いねえよ」
いないのか。気づくと何故かほっとしている自分に気づく。そういう相手がいないことに自分は何故安心しているのか。戸惑う自分が確かに存在する。
と、突然飛ぶようにマットから青峰っちは飛び上がり、扉の元に駆け寄った。一体どうしたのだろうと近くによると、廃材が見える。瞬時にこれのせいで開かなかったということがわかった。どうやら棚か何かを解体したものが付近に置いてあったようだ。勢いよく閉めたせいで倒れてしまったらしい。先ほどまで目が慣れていなかったせいか、全く気がつかなかった。
「こりゃ開かねえわけだ」
廃材を適当に退けると、扉はすぐに開いた。涼しい風が吹いている。二階の窓を見るとすっかり日も暮れきっていた。出られたー!と叫ぶと後頭部を叩かれる。こればっかりは文句が言えない。
帰るぞ、と言って荷物を持つと青峰っちは先に行ってしまった。慌てて出しっぱなしにしていたタオルを詰めて荷物を持つ。
恋のジンクス、なんてメルヘンチックなものは知らないけど、もしかしたら肩についた髪の毛を取ったらなにかしら起こる、みたいなジンクスがあったりするのじゃないかという考えが頭をよぎった。絶対にないだろうな。そう思いながらも、俺以外に向けられた気持ちは叶わなければいいのにと形を変えるそれを、上手く抑えられずにいる。少し離れて見える背中を見た。叶わなければいいのに。俺みたいに。