こらぼでほすと 厳命9
翌朝、ライルは朝から空港へ向かうことになっていた。ニールのほうも、これといって言うこともないのか、雑誌を目にしている。まったりと時間を過ごしていたら、出発時間に、沙・猪家夫夫が現れた。
「ニールのほうは、漢方薬治療で維持しますから、刹那君には慌てず焦らず作業をしてくれるように、伝言してください。」
ライルは、漢方薬治療というのが、どういうものか、よくわからないが、それでニールの寿命は延びているとは聞いている。
「オリエンタルマジックってやつですか? 八戒さん。」
「まあ、そんなところですね。細胞異常の拡大を抑止させるクスリだと思ってください。向こう三か月分は確保しています。もし、それ以上にかかりそうなら連絡してください。新しいのを仕入れておきますから。」
で、この話を隣りで聞いているニールは、げっという顔をしている。漢方薬は、とてもまずい。口がひん曲がりそうな苦味とか青臭さとか異臭とか、そんな諸々があるからだ。
「大丈夫だ、ママニャン。丸薬だから。」
「そうなんですか? ・・・よかった。」
「でも、もれなく滋養強壮の飲み薬の漢方薬はついてるけどな。」
「・・・ああ、そうですね。」
普段から飲んでいるほうは、そのまま継続される。それは、諸悪の根源だ。とてもまずい。
「でもね、ニール。それを我慢してくれたら、寺で過ごせますから。」
「え? 」
「あまり無理をしないと約束してくださるなら、これから寺へ帰れます。ドクターからも許可はいただきました。」
しばらくは軟禁だと言われていたので、八戒の提案に驚く。確かに、本山から届く漢方薬は効果絶大だ。本来なら、ニールは死んでいておかしくない状態に陥っているはずなのだが、その漢方薬で長持ちしているからだ。
「飲みます。帰れるなら、そっちのほうがいい。」
「ただし、いいですか? 疲れるほどに家事をするのは禁止です。」
「・・・・はい。」
「あなたの亭主にも注意はしてありますが、自覚して過ごしてください。」
「・・・はい。」
「三食昼寝付きぐうたら専業主夫が、これからの課題です。」
「普段も、それなんですが? 」
「・・・何かおっしゃいましたか? 」
「いえ、課題に励みます。」
逆らうな、と、八戒の背後から悟浄が目で合図している。寺に帰してもらえる機会を失う危険に気付いて、ニールも反論はやめる。では、これを、と、差し出された丸薬を水と共に飲み込んでしまうと、沙・猪家夫夫の用件は終わりだ。
そろそろ時間です、と、本宅のスタッフが声をかけてきたので、ライルも荷物を手にして立ち上がる。降りて来た時は、ほとんど手ぶらだったのに、差し入れのおやつの分、小振りのキャリーケースが用意された。
「じゃあな。せいぜい、ぐうたら専業主夫をしてろよ? 兄さん。」
「ああ、刹那によろしくな。」
ぺこりと沙・猪家夫夫に、お辞儀するとライルは部屋を出る。じゃあ、僕らも寺へ行きましょうか? と、ニールに着替えを命じて部屋を出た。
沙・猪家夫夫がドクターに挨拶して戻ると、ニールは着替えはしていたが、ソファに凭れて眠っていた。単なる居眠りだと、宿六は起こそうとしたが、女房のほうが止めた。
「・・・なるほど、事態は逼迫してたみたいですね。」
「なんだと? 」
「つまり、二週間で、すでに壊れて修理する部分が多々あったということです。だから、身体のほうは治療優先状態になってるんですよ。」
ほら、と、ニールの身体を女房が揺すったが起きる気配がない。軽い昏睡状態になって、体内で竜丹がフル活動しているのだと、女房は診断する。
「本気で危ないってことか。」
「というか、ロックオンが帰ったから気も抜けてるんでしょう。クルマを回してきてください。このまま、連れて帰りましょう。」
本宅に置いておくよりは、寺で年少組の相手をしたり坊主の我侭に付き合っているほうが精神的に安定する。ハイスペックな竜丹なら、治療はすぐに終わる。明日の朝には起きられるはずだ。
目が覚めたら、景色が一転していた。あれ? と、ニールが目を擦る。上にあるのは、古ぼけた木材の天井で、下は畳だし横は障子だ。寺の脇部屋だと判って、ゆっくりと起き上がる。ちょっとうとうとしている間に連れて帰ってくれたらしい。やれやれ、手間をかけたな、と、起き出して、家のほうへ降りると、亭主が卓袱台で、いつものように書類仕事をしていた。
「三蔵さん、八戒さんたちは? 」
「ああ? 寝ぼけてんな? おまえ。」
「え? そのまま帰っちゃったんですか? 悪いことしたなあ。」
と、言いつつ、卓袱台の前に座り込んだら、眼の前に新聞が置かれた。なんだ? と、日付を見て気付いた。日付が丸一日分進んでいる。
「今日、水曜? あれ? 俺・・・・」
「丸一日寝てたんだ。クスリの副作用らしい。」
「・・・え? ・・・・」
日の加減からすると、すでに夕方の気配だ。昨日の午前中に本宅から戻ったらしいが、まったくニールは覚えていない。
「たまに、そういうことがあるから驚くなって、イノブタからの伝言だ。」
「そうなんですか。そりゃ、すごい副作用だなあ。・・・悟空は? 」
「学校の帰りに紫猫もどきを迎えに行って戻って来る。そろそろ、戻るだろう。・・・・おまえ、亭主に詫びの一つもないのかよ? 」
「詫び?・・・・あー長いこと、勝手にしてすいませんでした。 」
「ちげぇーよ。」
「他に? あんたの世話がおざなりですいません。」
「それもあるが、俺が詫びろと言ってるのとは違う。」
ったく、と、亭主は、ぐいっと女房の髪の毛を引っ張る。こっちを向けと視線を合わせる。
「まだ、先はあるのに死ぬつもりだったろ? 簡単にほいほい死んでもらったら、俺が困るってことを考慮してねぇー。」
「・・・そう言われても・・・いきなりでしたから。」
「数日、体調が悪かったんじゃねぇーのか? 俺たちは天気の所為だと思ってたが、それだけじゃないんだろ? 」
リジェネに心配させないように、ちょっと無理をしていたのは、坊主も知っていた。ダウンが洒落にならない状態だったから、ニール当人にも自覚があったはずだ。
「・・・ちょっと具合が良くないなあ、とは思ってたんですが・・・」
「その段階で対処してれば、心肺停止にはならねぇーんだよ。」
「そこまでだったんですか? 」
「一時、心臓は止まったぞ。」
「あーそりゃ予想外だ。」
「嘘をつけっっ。諦めただろ? このロクデナシがっっ。」
髪を掴んでいない手がハリセンで女房の横っ面に叩き込まれる。本気で怒っていないから、それほどの威力ではないのだが、それでも痛いものは痛い。いてててっ・・・・と頬を擦りつつ、亭主の顔を睨んだら、今度はハリセンではなくマグナムか眉間に突きつけられている。生きるのを諦めたとバレているのが、さすが亭主だなあ、と、女房は微笑む。
「で、どうしたいんです? 」
「謝れ。」
「と、言われても・・・俺の身体は限界だったんだ。どう足掻いても、どうにもならなかったでしょ? 」
「俺に重労働させやがった。」
「それは、すいませんでした。・・・・運んでくれたんですか? 」
「八戒に連絡して運ばせた。死体の第一発見者にされるとこだったぞ。胸糞の悪い。」
「ニールのほうは、漢方薬治療で維持しますから、刹那君には慌てず焦らず作業をしてくれるように、伝言してください。」
ライルは、漢方薬治療というのが、どういうものか、よくわからないが、それでニールの寿命は延びているとは聞いている。
「オリエンタルマジックってやつですか? 八戒さん。」
「まあ、そんなところですね。細胞異常の拡大を抑止させるクスリだと思ってください。向こう三か月分は確保しています。もし、それ以上にかかりそうなら連絡してください。新しいのを仕入れておきますから。」
で、この話を隣りで聞いているニールは、げっという顔をしている。漢方薬は、とてもまずい。口がひん曲がりそうな苦味とか青臭さとか異臭とか、そんな諸々があるからだ。
「大丈夫だ、ママニャン。丸薬だから。」
「そうなんですか? ・・・よかった。」
「でも、もれなく滋養強壮の飲み薬の漢方薬はついてるけどな。」
「・・・ああ、そうですね。」
普段から飲んでいるほうは、そのまま継続される。それは、諸悪の根源だ。とてもまずい。
「でもね、ニール。それを我慢してくれたら、寺で過ごせますから。」
「え? 」
「あまり無理をしないと約束してくださるなら、これから寺へ帰れます。ドクターからも許可はいただきました。」
しばらくは軟禁だと言われていたので、八戒の提案に驚く。確かに、本山から届く漢方薬は効果絶大だ。本来なら、ニールは死んでいておかしくない状態に陥っているはずなのだが、その漢方薬で長持ちしているからだ。
「飲みます。帰れるなら、そっちのほうがいい。」
「ただし、いいですか? 疲れるほどに家事をするのは禁止です。」
「・・・・はい。」
「あなたの亭主にも注意はしてありますが、自覚して過ごしてください。」
「・・・はい。」
「三食昼寝付きぐうたら専業主夫が、これからの課題です。」
「普段も、それなんですが? 」
「・・・何かおっしゃいましたか? 」
「いえ、課題に励みます。」
逆らうな、と、八戒の背後から悟浄が目で合図している。寺に帰してもらえる機会を失う危険に気付いて、ニールも反論はやめる。では、これを、と、差し出された丸薬を水と共に飲み込んでしまうと、沙・猪家夫夫の用件は終わりだ。
そろそろ時間です、と、本宅のスタッフが声をかけてきたので、ライルも荷物を手にして立ち上がる。降りて来た時は、ほとんど手ぶらだったのに、差し入れのおやつの分、小振りのキャリーケースが用意された。
「じゃあな。せいぜい、ぐうたら専業主夫をしてろよ? 兄さん。」
「ああ、刹那によろしくな。」
ぺこりと沙・猪家夫夫に、お辞儀するとライルは部屋を出る。じゃあ、僕らも寺へ行きましょうか? と、ニールに着替えを命じて部屋を出た。
沙・猪家夫夫がドクターに挨拶して戻ると、ニールは着替えはしていたが、ソファに凭れて眠っていた。単なる居眠りだと、宿六は起こそうとしたが、女房のほうが止めた。
「・・・なるほど、事態は逼迫してたみたいですね。」
「なんだと? 」
「つまり、二週間で、すでに壊れて修理する部分が多々あったということです。だから、身体のほうは治療優先状態になってるんですよ。」
ほら、と、ニールの身体を女房が揺すったが起きる気配がない。軽い昏睡状態になって、体内で竜丹がフル活動しているのだと、女房は診断する。
「本気で危ないってことか。」
「というか、ロックオンが帰ったから気も抜けてるんでしょう。クルマを回してきてください。このまま、連れて帰りましょう。」
本宅に置いておくよりは、寺で年少組の相手をしたり坊主の我侭に付き合っているほうが精神的に安定する。ハイスペックな竜丹なら、治療はすぐに終わる。明日の朝には起きられるはずだ。
目が覚めたら、景色が一転していた。あれ? と、ニールが目を擦る。上にあるのは、古ぼけた木材の天井で、下は畳だし横は障子だ。寺の脇部屋だと判って、ゆっくりと起き上がる。ちょっとうとうとしている間に連れて帰ってくれたらしい。やれやれ、手間をかけたな、と、起き出して、家のほうへ降りると、亭主が卓袱台で、いつものように書類仕事をしていた。
「三蔵さん、八戒さんたちは? 」
「ああ? 寝ぼけてんな? おまえ。」
「え? そのまま帰っちゃったんですか? 悪いことしたなあ。」
と、言いつつ、卓袱台の前に座り込んだら、眼の前に新聞が置かれた。なんだ? と、日付を見て気付いた。日付が丸一日分進んでいる。
「今日、水曜? あれ? 俺・・・・」
「丸一日寝てたんだ。クスリの副作用らしい。」
「・・・え? ・・・・」
日の加減からすると、すでに夕方の気配だ。昨日の午前中に本宅から戻ったらしいが、まったくニールは覚えていない。
「たまに、そういうことがあるから驚くなって、イノブタからの伝言だ。」
「そうなんですか。そりゃ、すごい副作用だなあ。・・・悟空は? 」
「学校の帰りに紫猫もどきを迎えに行って戻って来る。そろそろ、戻るだろう。・・・・おまえ、亭主に詫びの一つもないのかよ? 」
「詫び?・・・・あー長いこと、勝手にしてすいませんでした。 」
「ちげぇーよ。」
「他に? あんたの世話がおざなりですいません。」
「それもあるが、俺が詫びろと言ってるのとは違う。」
ったく、と、亭主は、ぐいっと女房の髪の毛を引っ張る。こっちを向けと視線を合わせる。
「まだ、先はあるのに死ぬつもりだったろ? 簡単にほいほい死んでもらったら、俺が困るってことを考慮してねぇー。」
「・・・そう言われても・・・いきなりでしたから。」
「数日、体調が悪かったんじゃねぇーのか? 俺たちは天気の所為だと思ってたが、それだけじゃないんだろ? 」
リジェネに心配させないように、ちょっと無理をしていたのは、坊主も知っていた。ダウンが洒落にならない状態だったから、ニール当人にも自覚があったはずだ。
「・・・ちょっと具合が良くないなあ、とは思ってたんですが・・・」
「その段階で対処してれば、心肺停止にはならねぇーんだよ。」
「そこまでだったんですか? 」
「一時、心臓は止まったぞ。」
「あーそりゃ予想外だ。」
「嘘をつけっっ。諦めただろ? このロクデナシがっっ。」
髪を掴んでいない手がハリセンで女房の横っ面に叩き込まれる。本気で怒っていないから、それほどの威力ではないのだが、それでも痛いものは痛い。いてててっ・・・・と頬を擦りつつ、亭主の顔を睨んだら、今度はハリセンではなくマグナムか眉間に突きつけられている。生きるのを諦めたとバレているのが、さすが亭主だなあ、と、女房は微笑む。
「で、どうしたいんです? 」
「謝れ。」
「と、言われても・・・俺の身体は限界だったんだ。どう足掻いても、どうにもならなかったでしょ? 」
「俺に重労働させやがった。」
「それは、すいませんでした。・・・・運んでくれたんですか? 」
「八戒に連絡して運ばせた。死体の第一発見者にされるとこだったぞ。胸糞の悪い。」
作品名:こらぼでほすと 厳命9 作家名:篠義