こらぼでほすと 厳命9
けっっ、と、息を吐いてマグナムが外される。超絶マイノリティー驀進の亭主が心配してくれたのだと思うと、女房は笑い声を上げる。
「ほんと、いい亭主なんだけどなあ。」
「おまえも、その成り行き任せで生きてるとこがなければ、いい女房だ。」
「まあ、死ねないらしですよ。ラクスが、冷凍してでも生かしておくって宣言してましたから。」
「当たり前だ。・・・・まだ、時期じゃねぇ。死にたいなら、時期まで待て。」
「いつぐらいです? それは。」
「さあなあ。今はマズイとは思うぞ。」
「・・・・そうでしょうね。みんなに叱られました。・・・もう、いいかと思ったんだけど。」
「自然死でないと認められないんじゃないか? 」
「それ、老衰とかの話? 何十年先なんだか・・・そんなには無理ですよ。」
「黒猫に治療してもらえば健康体だ。難しくはないと思うんだが? 」
「健康体ねぇ。あはははは・・・そうなったら、組織に戻ります。」
何気なく、女房はそう言って立ち上がる。冷たいものでも用意しようと思ってのことだ。そろそろ晩酌タイムだから、簡単なツマミでも用意しようと冷蔵庫を開けたら、何もない。
「トダカさんが持ってくる。ビールを寄越せ。」
「え? 毎日、トダカさんが作ってたんですか? 」
「いや、適当に顔は出してたが、ほとんどイノブタが作ってた。」
はい、と、缶ビールを渡したら、亭主は台所の食卓にどっかりと腰を下ろす。それはそれは・・・と、冷凍庫を物色して、適当な食材を解凍に回して、女房も座る。
「かなり迷惑かけてるな。」
「かけさせておけ。・・・おまえ、俺の世話だけしてろ。他は手抜きでいいからな。」
「はいはい。明日にでも買い物に行かないと・・・野菜が何にもねぇーや。」
「焼きナスが食いてぇーな。菜園のが食い時だ。」
「いいですね。他には? 」
「秋らしいとこを見繕って作れ。買出しは、舅に運転手させればいい。」
「そんな大袈裟な。そこのスーパーでいいんだから。」
「おまえ、三食昼寝付きグータラ専業主夫のはずだろ? 使えるもんは、使え。」
チンと解凍ができた音がすると、女房は常備菜を、さっと炒めて亭主の前に出す。アテがないのは可哀想だから、他のものも解凍する。どうせ、悟空が帰ってくれば、こんなものでは足りない。出来合いの惣菜だけでは足りないから、とりあえず作れるものは作る。
「そりゃ、使わせてもらうけど、できることは、こっちでやります。」
「だから、いつも通りに動くと、また丸一日、寝てる羽目になるって言ってんだよっっ。」
「一日動いて一日寝てるっていうのは、グータラじゃないですか? 三蔵さん。」
「おまえ、それ、本気で言ってるんなら、最悪だな。」
「いや、わかってますよ。生きてるのが不思議って、リジェネにも言われてますから。・・・・つまり、今度の漢方薬は、いつものより強力ってことなんでしょ? 」
「門外不出レベルだ。」
しれっと坊主は、とんでもないことを吐いて、勝手に冷蔵庫から二缶目を取り出す。はあ? と、女房は驚いた声をあげる。そんな貴重品、持ち出していいものかわからない。
「大丈夫なんですか? 」
「構いやしねぇー。俺が頼んだわけじゃない。悟空が、あんまり気落ちしてるから、八戒が交渉したんだ。あいつ、落ち込ませるって難しいんだぞ? サルが自分の管理が杜撰だったと思ってた。」
「そんなことはない。」
「結果的に、ダウンさせちまったからな。だから、二度とやるなよ? 次は冷凍になるぞ。」
「はいはい、気をつけます。・・・・なんで、そんなに・・・俺は、そこまで価値はないんだけどなあ。」
「おまえになくてもサルたちにはあるんだ。ついでに、子猫や義弟にもな。そこいらは汲んでやれ。」
『吉祥富貴』の年少組にとっても、ニールは唯一のおかんという立場だ。だから、価値は底知れないのに、当人には自覚はない。困ったように微笑んで女房は頷く。
「このロクデナシのバカが。」
理解していない、と、亭主はツッコミはするが、怒鳴るつもりはない。そこいらは女房の壊れている部分だから、どうにもならないからだ。
「あははは・・・それを聞くと生きてる実感があるなあ。」
トンッッと二品の簡単な料理が食卓に置かれる。話をしながら、適当なものを作っているのは、いつものことだ。二缶目を半分ほど飲んで、亭主がタバコに火をつけたら、灰皿が置かれる。
「朝はいいぞ。」
「そうは言っても、俺も食うんだし。」
「おまえはブランチにすりゃいいだろ? グータラの意味を理解しろ。」
「朝飯食って、二度寝しても一緒です。・・・あんたの昼は、朝の残りになりますが? あははははは。」
「だから、昼は作れ。朝はサルがやる。」
「そりゃ、あんまりだ。悟空は育ち盛りなんだから栄養は考えないと。あんたは、もう育たないんだから、適当でいいでしょ? 」
「亭主を蔑ろにするな、と、俺は命じたはずだ。」
「夜は、ちゃんとします。」
「話が噛み合ってねぇーぞ。」
ぽんぽんと小気味良く言い争っているが、どっちも笑っている。久しぶりに顔を合わせたから、どっちも嬉しいからのことらしい。どこをどう見ても聞いても、いちゃこら夫夫会話なのに、当人たちは気付かない。
そこへ、玄関の開く音がして、足音が近付いてくる。足音は、ひとつだ。リジェネかな? と、ニールが待っていると、現れたのはレイだった。ニールの姿を確認すると、走りこんできて抱きついた。
「おかえり、レイ。」
ぎゅっと抱き締めて黙っているので、レイの頭を撫でる。ほら、見たことか、と、亭主は視線で責める。
「もう、大丈夫だよ? 心配かけて、ごめんな? 」
トントンとレイの背中を叩いてやると、離れた。そし腕をとられて食卓の椅子に座らされる。
「俺がやりますから。」
「いや、トダカさんが出来合いを買ってきてくれるらしいんだ。おまえさん、学校は? 」
「今日は、夕方で終わりです。シンがトダカさんのほうへ行って、買い物してから来ます。・・・・お願いですから、無理しないで。」
泣きそうな顔でレイが頼むので、ニールは、「ごめん。」 と、レイの頬を撫でる。親代わりをしているレイが、こんなに心配してくれるのは申し輪ない気がする。
「ごめんな? レイ。そんなに心配しなくても大丈夫だ。」
「いいえ、信用できません。しばらくは、こっちからアカデミーへ通います。」
「おまえこそ、無茶じゃないのか? 」
「帰れない時は連絡します。店が休みなので、時間はありますから。」
レイも、肝が冷えた。そろそろ限界だと聞いていたが、それでも保つと信じていたのだ。それなのに、ダウンされてしまった。レイにとって、ママは最後にレイを見取ってくれる予定の相手だ。それが先に居なくなられたら、途方に暮れるしかない。穏やかな気持ちで眠るには、ママの存在は不可欠のものだ。
「クスリ飲んで、グータラしてればいいんだ。」
「それが、できてねぇーから、こうなってんだろ? ねーさん。」
「そうそう、さんぞーの相手だけしててくれればいいんだかんなっっ。」
作品名:こらぼでほすと 厳命9 作家名:篠義