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憂鬱シャルテノイド 前編

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 最初に感じたのは、温かさ。次いで、ぴちゃりと耳に響く水の音。夢の中にでもいるのか、はっきりとしない意識はどこまでも曖昧で。何もかもが、ひどく遠いものに思えてしまう。
 試しに手を動かしてみようとするものの、体に全く力が入らず目を開くことも叶わない。感覚はしっかりと残っているのに、思い通りにならないのはどうしてなのか。どうにも、歯痒い。
 それでも、自分がぬるま湯のような温かい水の中にいるのだということは何となく理解できた。けれど、どうしてこんな所にいるのかまでは思考が追い付かない。
 考えようとすればする程、意識は霞んで曖昧さを増してゆくから。少しずつ、何も、考えられなくなっていく。
 そんな中、ふと額の辺りに何かが触れた。撫でられる感触からして、誰かの掌だと理解するまでそう時間はかからない。それが誰なのかまでは、分からないけれど。
『悪く思わないでおくれ』
 少しばかり低い、女性の声が鼓膜を叩く。薄れつつある思考で必死に記憶を手繰り寄せてみるが、この声は全く聞いた覚えがない。
 そもそも、これは夢なのに何故そんなことを言うのだろう。昨夜はちゃんと布団で寝た記憶があるのだから、こんな風に水の中にいる感覚がする時点で分かるのに。
『少しばかり、退屈だったんだよ。…向こうはもう、晴れてしまったからね』
 何が退屈なのか、何が晴れたのか、降ってくる言葉はどれも意味の分からないものばかりで。考えようとしても、まるでそれを阻むかのように意識が白く塗りつぶされていく。
 ああ、けれど。なんとなく、撫でられる感触が心地いいと思ってしまうのは、気のせいなんかじゃないと思う。遠い昔、母親がそうしてくれたのと同じように、どうしようもない安心感に包まれる。
『暫くの間、眠るといい。…迎えが来るまで、私の腕の中でおやすみ』
 まるでその言葉を合図とするかのように、急速に意識が闇へと沈んでいく。元々殆どはっきりとしていなかった思考は抗う術など持つはずもなく、促されるまま落ちてゆくだけだ。
 それでも、何か。とても大事なことを忘れているんじゃないかと、そんな声が頭の中で聞こえた。