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憂鬱シャルテノイド 後編

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「おや、いらっしゃい」
 唐突に耳に響くしわがれた声に、陽介ははっとした。慌てて声の主を探して首を巡らせれば、奥のカウンターに座ったまま此方を見ている白い水玉模様の赤い三角巾を被ったおばあちゃんがいる。
 ぐるりと周囲を見回してみると、そこは間違いなく四六商店の中だった。見慣れた場所のはずなのに、何か変な感じがする。
 どう言えばいいのだろう。例えるなら、たった今まで夢を見ていたのに、急に現実に引き戻されたような、そんな感覚。夢と現の区別がつかず、頭が混乱している状況と言った方が分かりやすいかもしれない。
 落ち着け、まず落ち着いて記憶を整理してみよう。
 まず最初に、此処に来た理由は何だっただろうか。確か昨日ジュネスの新年大売り出しが一区切りついて、漸く休みを貰えたと思ったら冬休みの宿題に全く手をつけていなかったことを思い出して。
 そんなに量は多くないが短時間で終わらせられるはずもなかったので、どうしたものかと絶望していたら風斗から電話がかかってきたはずだ。手伝ってやるから一緒に片づけよう、と言われて彼が救世主に思えたのははっきりと覚えている。
 それからすぐベッドに潜り込んで、いつもよりも遅い時間になった携帯のアラームを止めた。支度をして彼の家に向かう途中、何か手土産を持っていこうかと思い立って商店街に寄り道をすることにしたんじゃなかっただろうか。でなければ、さっさと風斗の家に着いているはずだ。
 順番に思い出していけば、あっさりと切れていた糸は繋がった。確認するように頷くと、まずはお菓子が並ぶ棚に直行する。
 いつも通り駄菓子で溢れ返ったそこから、幾つか菜々子が好きそうなものを選んで手に取った。後は、軽く食べられるパンを幾つか買っておけば大丈夫だろう。今日中に終わらなかったら泊まっていけと言ってくれているので、夜食も兼ねて少し多めに買っても問題はなさそうだ。
 そうして片手では持ちきれない量の食べ物やお菓子を買いこんで、陽介は店を出た。
 外に足を踏み出した途端、冷たい風が頬を撫でる。吸い込んだ外気はひどく冷えていて、肺の中が凍りそうな心地がした。さすがに、真冬は昼でも寒い。吐く息の白さが、何よりもその気温の低さを如実に表していた。
「さっみぃ…」
 文句を言ったところで和らぐことのない寒さに独り呟きながら、ポケットに閉まっていた携帯を取り出す。
 現在時刻は十二時半。一時に風斗の家に着く算段なので、この分なら余裕で間に合いそうだ。ゆっくり行くべきかと思いはするが、さすがに寒空の下では体が冷えるので早めに行った方がよさそうな気がする。遅く行くよりはましだと思い、とりあえず目的地に向かうことにした。
 少し早足で歩きながら、丸久豆腐店やだいだらの前を通り過ぎていく。りせがいたら顔を出してみようかと思ったが、そういえばボイストレーニングがあると言っていたのを思い出した。ちらりと視界の隅で確認してみると、店の中には誰もいなさそうだ。今日は休みなのかもしれない。
 いろんなことをつらつらと考えながら、今度はガソリンスタンドの横を通り過ぎていく。こう言うのも難だがそんなに繁盛していなさそうなそこは、いつものように店員が一人暇そうに佇んでいた。ぼんやりとあらぬ方向に向けられていた視線が、偶然かち合う。
 あっと思った時には、相手が小さく会釈をしてきた。つられるように自分も会釈を返し、微笑む。向こうもそうしてくれたので、なんとなく嬉しくなった。
 けれど言葉を交わすことはなく、そのまま通り過ぎていく。向こうは仕事中なのだから話しかけてもまずいし、大分和らいできているとはいえ、それでもこの商店街の人達にとって自分はあまりいい印象を持たれていない。だから、長居しすぎるのもあまり得策とは言い難かった。
 しかし、どうしてだろう。あの店員に、見憶えがあるような気がしてならない。
 面識があるわけでもないし、そもそも話したこともないはずだ。車で出かけることも碌にないせいか、ガソリンスタンドに立ち寄る機会は皆無に等しいし、結構印象的な顔立ちだったから一度覚えたら忘れないと思う。なのに、頭の中をいくら探ってみても該当する場面が出てこない。
「おっかしーな…」
 この既視感がいったい何なのか、全く分からないのでそれ以上考えるのはやめておくことにした。考え事をしながら歩くのは危険だし、何よりもこれだけ思い出そうとしても出てこないのだから、本当は知らないのだろう。きっと、何かの折に顔を見たことがあるだけなのかもしれない。
 そう思うことにして、さっさと頭を切り替えることにした。とりあえず、まずは宿題を片付けてしまうことに集中しなければ。一応公式等の確認用に教科書も幾つか持ってきているので、参考書に事欠くことはない。後は、自分がちゃんと理解できるかどうかにかかっていた。
 どうか早めに終わることを祈りつつ、陽介は足早に角を曲がってゆく。


 だからこそ、気づかなかった。
 陽介が通り過ぎていった後、ガソリンスタンドの店員が不敵な笑みを零したことに。

「また会おう。今度は悪戯抜きで、な」