落椿
木手の持つ、計算高さ、冷酷さ、非情さ、執着、執念、そんな綺麗と呼ぶには程遠い心の底に抱える激情を全て抉り出してやりたい。理性で覆われた殻を剥ぎ取って、本質の全てを平古場にぶつけて欲しい。 甘いだけ関係なんていらない。木手から与えられるものならば、痛みも悲しみも全て望ものだから。
奪って奪い返されて、傷つけて傷つけられて、心の奥底に秘めた本質でぶつかって、本能のまま獣のように交じり合いたい。
熱っぽい瞳で木手の横顔を見つめていた。平古場の胸に渦巻く薄汚い劣情をこの男はきっと一生分からないだろうと思うと、安堵と悲しみと怒りが入り混じった感情が沸き起こり胸を締め付ける。
いつか、この渦巻く感情が花開く時はきっと――。
「さぁ、そろそろ戻りましょう。体を冷やしますよ」
先ほどの冷酷さを宿した表情は一瞬にして消えていつもの木手に戻っていた。
文句を言いつつも木手の後に続き歩きながら、平古場は振り返り椿の花を見た。その瞬間、ぼつり、と椿がまた一つ音を立てて落ちた。雨に濡れた赤は艶めいて鮮やかで、周りの濃い緑色の中でその存在を浮き上がらせていた。
平古場は、木手の言葉のとおりにならなければいいのにと、心の奥底で望んでいる声が脳裏に響いた気がした。
あの花弁のように、平古場の首が落ちれば、この痛む感情から開放されるのだろうか。それとも、消化することも押さえ込むこともできず、ただただ行き場を失くして漂い苦しみ続けるのだろうか。捨てきれない感情に永遠に縛られたまま生きること何て絶対に出来ないと思った。
平古場は前を歩くその背中を祈るように切なげに見つめた。期待なんてしない。特別な関係を望んだ所で、お互い男同士で、顔を合わせても喧嘩をしてばかりだ。木手は、平古場がこんな醜い劣情を抱いているなんてきっと微塵も思わないだろう。
平古場は知られたとしても別に構わなかった。どちらにせよ結果は同じだからだ。だから、平古場は祈るように願った。
いつか、その時が訪れたならば――。
その手で、この感情ごと、何一つ残さず、殺してくれ。