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僕と彼女とストレンジャー

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その日の帰宅後、いつものように会社員氷山キヨテルは自宅アパートのドアを開けた。

すぐに一人娘のユキが玄関に飛んで来て、お父さんおかえりなさい!とかわいい笑顔を見せてくれる。仕事の疲れもそれだけで吹き飛ぶというものだ。
だが、この日キヨテルを出迎えたのは娘ではなく、部屋の真ん中に座っている見知らぬ少女だった。

「!?」

反射的にドアを閉め、表札を確認していた。“氷山キヨテル”。並んで娘ユキの名前。間違いなく自分の部屋である。
「……」
まあ、あれだ、疲れてるんだな―――キヨテルは軽く頭を振ると、そろそろと再びドアを開けた。
……やっぱりいた。見知らぬ女の子が。

年の頃は十六、七くらいだろうか。大きな目のかわいらしい顔立ち。赤毛の長い髪に、ぴょこんと立ったあほ毛が目立つ。もこもこした耳当てに、SFアニメにでも出てきそうなコスプレっぽい変な服。
その少女は何の反応も示さず、黙ったままキヨテルをじっと見つめ返していた。

「き、君は一体」
しばし呆然と立ち尽くしたキヨテルだったが、すぐにはっとなった。
「ユキ!ユキは…」
慌てて部屋に上がって娘の姿を探す。狭い部屋の中、見える範囲にはいない。

「あ、お父さん。おかえりなさい」
顔から血の気が引きかけた時、ユキは隣の部屋からひょっこり顔を出した。
「ユキ……」
キヨテルはほっと息を吐く。
「よ、よかった……じゃない、ユキ!このお姉ちゃんは一体誰なの!?」
ユキは愛らしい顔に満面の笑みを浮かべ言った。
「あのね、拾ったの!」
「拾った!?」

はああとキヨテルはため息をつき脱力した。
「拾ったって……知らない人が訪ねてきたらドアは開けちゃいけないって、いつも言ってるだろう……」
「拾ったんだもん。ゴミ置き場の前で」
ユキが言っているのは、おそらく同じ町内にある産廃処理工場前の廃材置き場と思われた。

「あそこで遊ぶのは危ないからやめなさいって前に言ったろう?ちゃんと言いつけは守りなさい」
咎めるキヨテルに遊んでないもん!と頬を膨らませユキは反論した。
「帰る時に前を通ったらね、地面に寝てたの!どうしてこんなところで寝てるのって言ったら起きてね、ずっと後ろをついて来るから、どうしてついてくるのって聞いたら、ミキちゃん他に行くとこがないんだって」
「みきちゃん…?この子の名前?」
キヨテルは座っている少女を見た。

すると、先程から二人の会話など聞こえていないかのように、真っ直ぐ前を向いていた少女が、ぐるりとキヨテルに顔を向けた。

「私はSF-A2、開発コードmiki。アンドロイドです。省略してmikiと呼んで下さって結構です」
「は……?」
SF…何?アンドロイド?
「ミキちゃんはね、ロボットなの!」
「広義の意味ではそうなりますな」

ユキはとてとてとキヨテルの目の前までやって来ると、首を傾げて言った。
「ねえ、お父さん、ミキちゃん飼ってもいい?」
「………飼う?」
この女の子を?

(さっきからこれは…何かの遊びなのだろうか…?)

ここは大人として、キヨテルは若者の意味の分からない言葉はスルーすることにした。
「まあいいや。えーと、君、ミキちゃん?うちの娘が迷惑をかけたようだけれど、もう7時だしお家に帰んなさい。親御さんも心配するだろう?」
「“親御さん”?」
少女はきょとんとした顔を向けた。

「君はどこの子?家はここから遠いの?家の人に連絡して迎えに来てもらう?」
ミキが考え込むように、むむむと腕組みで首を傾げた。
「私には“家の人”などいないのです……どこから来たのか、と問われても、メモリーに本日15時56分以前の記録は残されていないのです」
「…? 家に帰りたくないの?」

何だかおかしな言葉遣いはさて置いて、困ったなとキヨテルは思った。
この子はいわゆる家出少女というやつなのだろうか。

「でもねえ、時間も遅いから…」
「だからね、ミキちゃんはロボットで、あたしが拾ってきたの!おうちがないの!」
いきなり横からユキが話に割って入ってきた。
「ユキ、お父さんはお姉ちゃんとお話してるんだよ」
「だから~」
「ユキはちょっと向こう行ってなさい。お姉ちゃんはもう帰らなくちゃだめなんだから」

すると唐突に、ミキがポンと手の平を拳で叩いた。
「要するに!あなたは私がこれから帰るべき場所が知りたいのですね」
「え?うん?だから君は早くお家に帰りなさ…」
「昨日まで居た場所は覚えていませんが、これから生活する場所でしたら分かります!」

ミキはキヨテルに向かって背筋を正して正座すると、三つ指を着き、ぺこりと頭を下げた。
「今日からよろしくお願い致します。キヨテル」
「僕の名前…」
「ユキに教えてもらいました」
「それより何、今日からって」
「ふつつかものでありますが、どうぞよしなに。なのです」
「いやだから何が」

意味が分からない。これは遊びの続きなのか。帰宅して、いつもならゆっくりくつろいでいる時間だというのに。自分は何故こんな、変な女の子の相手をしなければならない破目になっているのだ。
キヨテルは心の中でうんざりしながらも、辛抱強く、言い含めるようにゆっくり言った。
「君の事情は分からないけどね、家の人と話し辛いなら僕が親御さんと話してあげるから、取りあえずお家に連絡をね…」
「困りました」
全く困っているとは見えない顔で、ミキは言った。
「私は、私のマスターであるユキから離れる訳にはいきません」
「あのねえ、そういうのはもういいから…」
マスターとか何の設定?家出少女にしろ何にしろ、ちょっと悪ふざけも度が過ぎると、さすがに段々イライラしてきてつい声にも出てしまう。

「もう一度言いますが、私は人間ではなくアンドロイドなのです。ユキが私を拾得して起動し、マスターと認証されました。私はユキの所有物なのです。従って私を廃棄するのは、ユキの許可が必要です」
「あ、そう。この子がが許可すればいいんだね…?」
遊びにき合うのも少し癪な気がしたが。
「ユキ、このお姉ちゃんに帰ってもらうよう言いなさい」
ユキはぷいと顔を横にそらした。 
「やだ」
「ユキ!」
「だって!クラスのアイちゃんも猫飼ってるって言ってたもん!あたしも何か飼いたい!」
「この子は動物じゃないだろう……」 
「そうです。アンドロイドですよ」
「ちょっと君は黙っててくれ!」
「お父さん!」

ユキはミキの後ろに回り込むと、ぎゅうっとミキの肩を抱き、肩越しに目を潤ませた。
「だってお父さんいつも遅いし、お休みの日だってあんまり遊んでくれないんだもん。おうちにミキちゃんいてくれたら、きっと楽しいよ!お世話もちゃんとするから!」
潤んだ目で見詰められて、ぐ、とキヨテルは言葉につまる。

ユキは親の贔屓目抜きでも、ものすごくいい子だと思う。まだ甘えたい盛りの子供なのに、忙しいキヨテルに我儘の一つも言わずいつも笑顔でいてくれる。休日だって仕事で疲れているキヨテルを気遣って、遊びに連れてってなんて口にしないで一人で大人しく遊んでいるのだ。そのユキのお願いなら何でも聞いてやりたいのは山々だ。
作品名:僕と彼女とストレンジャー 作家名:あお