僕と彼女とストレンジャー
が、これはだめだ。知らない女の子を飼いたいなんて。今日び面識のない未成年の女の子を家に上げている今この状態でさえ、一歩間違えば自分が警察のお世話になってしまう。
「とにかく送って行くから、取りあえず外に出なさい」
あまり子供に強引な事はしたくないけれど、仕方がない。
意を決して、キヨテルは少女の腕――関節や側面に沿って何か継ぎ目のようなものが見えているが多分気のせいだ――を掴んで引っ張った。
動かない。
力を入れている様子が全く見られないのに、腕が微動だにしない。
相手は細身の少女だ。いくら力が強かったとしても、引っ張られれば腕は動くだろうし、そうでなくても持って行かれまいと力を込めるせいで、いくらか強張ったりはするはずだ。なのにその感覚が、まるで石像の腕を引いているかのように全くない。
(ええ~…何だこれ…)
キヨテルは内心動揺したものの、しかし得体の知れない人間にこれ以上部屋に居座られては困る。
「いいから!立って!…うぐぐ…」
もう相手が女の子だという配慮も投げ捨て全力で引っ張り上げようとするが、ミキは畳に根が生えたようにビクともしなかった。
「あーもう!たーちーなーさーいー」
「ユキの命令以外に、誰も私に行動を強制できません」
「お父さんお願い!ミキちゃん捨てないで!」
ミキから離れたユキが、キヨテルの腕にしがみついてくる。
「あ、こら、離しなさい!」
「いやー!」
「ユキが希望するのなら、何があろうと私はここに留まるのです。いい加減あきらめてください」
「赤の他人を家に置ける訳ないだろ!君が大人しく帰れば済むんだ!」
ぐぐぐとさらに力を強めても、やっぱりミキは涼しい顔だった。
「くっ……」
これは力で追い出すのは完全に無理だ。全体この非常識な少女をどう相手すればいいのだ。
途方に暮れているキヨテルの耳に、突然部屋の外から女の子の明るい声が飛び込んだ。
「こんばんはー!、ユキちゃんいるー?」
「あっ、グミちゃんだ!」
ユキが即座に反応して、あっさりキヨテルを離して玄関に向かう。
「あ、ちょっとユキ、待ちなさい!…君、隣の部屋に行ってて!」
動こうとしいミキをどうにかこうにか、半ば転がすように隣室に押し込め、キヨテルはユキの後を追った。
「氷山さん、こんばんは!」
玄関に行くと、ドアの外でキヨテルの姿を認めた明るい緑髪の少女が、ぺこりと頭を下げた。
「お父さん、グミちゃんがくれた!」
ユキがラップのしてある皿をキヨテルに見せてくる。
中にはまだ温かそうな肉じゃががよそられていた。
「わあ、おいしそうだね」
「いっぱい肉じゃが作っちゃったから、おすそわけです。よかったら食べてください」
「いつもありがとう、グミちゃん。がくぽさんも」
キヨテルはグミの後ろの髪の長い青年に声をかけた。
「帰りに丁度廊下でグミと一緒になったので…」
端正な顔立ちの青年は、穏やかな笑顔で軽く会釈した。
がくぽという名の青年は、歳は若いがこのアパートの大家だ。そして隣に立っている剣術道場の師範でもある。グミはがくぽの妹の高校生で、ここに越してきた時、ユキの初めての友達になってくれた少女だった。
同じ一階にある管理人室に住んでいるこの二人は、入居した当初から父子家庭の自分達親子を何かと気にかけ親切に接してくれていて、今ではこうして夕飯のお裾分けに来てくれるくらいの、家族ぐるみの付き合いだった。
こんな状況でなければ上がってもらってお茶でも出したいところなのだが。
「この肉じゃがというものはなかなかに美味ですナー」
「!?」
キヨテルが振り向くと、いつのまに玄関にやってきたのか、ミキがユキの手から皿を奪い、手でじゃがいもを摘みながらもごもごと口を動かしていた。
「何勝手に食べているんだ君は!アンドロイドなんだろ!何で物を食べるんだ」
「私は食物をエネルギーに変換できるのです」
「ただの人間じゃないか」
「いいえ?アンドロイドでふよ?」
その間ももしゃもしゃと肉じゃがを口に運び続けているミキから、キヨテルは皿を奪い返した。
「これはグミちゃんがうちに持ってきてくれたんだから、君は食うなよ!」
「私も今日からこの部屋の住人ですから、問題はないのです」
「大有りだ!」
その様子を見ていたがくぽが、あの~と声をかけてくる。
「氷山さん、そちらは――――?」
「えっ!?ええーと」
キヨテルは一瞬言い淀んだ。
何と言えば良いのだろうか。勝手に家に上がり込んでた女の子の変質者?アンドロイド?とても信じてもらえる気がしないというか、そんな話をしたら確実に変な目で見られる。気がする。
「し、親戚っ。親戚の子なんです。ちょと泊まりにきてて…」
咄嗟に嘘をついてしまった。
「ね、君の名前は?」
グミが尋ねると、ミキに代わってユキが嬉しそうな顔で答えた。
「この子はね、ミキちゃんっていうの!今日あたしがおうちに連れて来たんだよ!」
「へえ、すごいね、ユキちゃん一人でお迎えに行ったの?ミキちゃん、よろしくね!私グミ。こっちは私のお兄ちゃんで、がくぽ」
グミがにこにこと笑いながら自己紹介する。
グミにがくぽ…とミキは繰り返した。
「びじんしまいでありますね」
「がくぽさんは男だよ!」
すかさずキヨテルが突っ込みを入れる。
「えっ、ちょ、美人とか言ってもらうの初めて!お兄ちゃんはたまに言われるけど!」
グミは何だかてれてれと嬉しそうにしている。
がくぽが余計な事は言わなくていいと妹を軽く小突いて、ところで…とミキに話しかけた。
「ミキさんはいつまでこちらに?」
「ふむ…?私がこの場所に滞在する時間ですか?それを決めるのは私ではありません。私はユキの所有するアンドロ―――」
キヨテルはあわててミキを遮った。
「あああああの、まだ予定は決まってなくて!」
「へえ、こっちにはご旅行なんですか?」
「ええ、まあ、そんなとこで…」
はははと笑いながら、キヨテルはミキを後ろに押しやる。
「す、すみませんがくぽさん。この子ちょっと移動で疲れてるみたいで…」
「ああ、それは。玄関先で長々と申し訳なかったですね。グミ、そろそろお暇しよう」
「あ、うん。じゃあ、ユキちゃんおやすみ!ミキちゃん、氷山さんおやすみなさい」
「お、おやすみグミちゃん。がくぽさん」
若干笑顔を引きつらせながら、キヨテルは二人を廊下に出て見送った。
作品名:僕と彼女とストレンジャー 作家名:あお