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よあけのばんに

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 お屋敷の、ちびクズのお部屋の窓辺には、鳥籠が吊るしてありました。いつからそこにあるのかわからない鳥籠を、ちびクズは大層気に入っていましたが、丁寧な細工のそれには、しかし、一羽の小鳥も入っておりません。
 この籠に、可愛い小鳥がいたら、どんなに素敵かしら、と、ちびクズは毎日鳥籠を見つめていました。

 ちびクズは、まだとても小さいこどもでしたが、お父さんに言われてお仕事をしていました。二日に一回か、三日に一回くらい、お仕事のお部屋に行って、知らない大人の人のお客さんとお話をしたり、色々するお仕事です。お仕事は大変でしたが、お客さんたちは大抵ちびクズに親切だったので、ちびクズはお父さんの言うことをよく聞いて、頑張っていました。

 ある日、朝になって自分のお部屋に戻ったちびクズは、溜息をつきながら窓を開けました。少し冷たい、しゃんとした朝の空気が部屋の中に流れ込みます。その日は、偶然いじわるなお客さんに当たってしまい、いじわるなことを言われたり、わざと痛いことを沢山されて、ちびクズは少し落ち込んでいました。
 窓枠に体重をあずけ、外を眺めておりますと、お仕事に行く人、散歩をする人、学校に行く人、色々な人が道を通って行きます。ちびクズは、お仕事が終わって後はもうおやすむだけでしたが、外の人たちはこれから一日が始まるのだなあ、と思うと、なんとも不思議な感じがしました。
 と、ぱたぱたと元気よく走っていく男の子があり、ちびクズはハッとなってその子を見つめました。年の頃はちびクズと同じくらいでしょうか、背は高くないけれど、少し大人びた面差しで、ちびクズよりもいくつか年上かもしれません。細い手足は伸びやかで、ちびクズと似た色合いの銀髪は、朝日を跳ねてきらきらとしています。
 なんてきれいな子!
 ちびクズは、一目でその子が好きになってしまいました。

 翌日、同じ時間に窓の外を見ていると、はたして、昨日と同じく男の子が通り過ぎていきます。次の日もその次の日も、きっと通学路なのでしょう、毎日同じ時間に男の子はちびクズの家の前を歩いたり走ったりしていきました。
 なんていう名前なのかな。
 嬉しい事があった日も、つらいことがあった日も、ちびクズは男の子の姿を見てから眠るようになりました。
 どんな声で話すんだろう。
 カレンダーの赤い日は、男の子が来ないので、ちびクズにとってとてもつまらない日になりました。
 なんのご飯が好きなのかしら。
 寒い日や天気の悪い日、カレンダーが赤くないのに男の子の姿を見なかった日には、胸が塞がれるようでした。
 気に入ってる遊びはなんだろう。
 毎日男の子を見ているうち、男の子の、好きなものや嫌いなことについて、沢山話を聞きたいとちびクズは思うようになりました。自分の好きなことや嫌いなものについて聞いてもらいたい、とも。
 きっと、好きな遊びについて話すあの子は、きれいな声で楽しげに語り、すてきな笑顔を浮かべるのに違いありません。
 そう考えたところで、ちびクズはとても悲しい気持ちになりました。ちびクズが、どれだけ見つめていたところで、男の子はちびクズのことをこれっぽっちも知らないのです。ちびクズだって、男の子のことを色々と考えていますけれど、名前さえ知りません。男の子とちびクズの間の距離は、随分と開いているように思われました。そして、その距離が縮まりそうな気配はちくともありません。ちびクズは、その日、一人お布団の中で泣きながら眠りました。

 昼過ぎに、少し腫れぼったくなった目を擦りながら起きたちびクズは、夢の中でとても良いことを思いついていたので、わくわくしながらベッドから飛び降りました。机の上のお気に入りの鳥籠を確認して、まずはご飯を食べるために下のお部屋へ向いました。
 お父さんの作ってくれたおにぎりを食べながら、ちびクズはお父さんにどこかに仕舞ってある鳥籠の支柱を出してくれるようにお願いしました。ちびクズが机の上に飾るのに今までは仕舞ってありましたが、元々フックをかけて吊るための支柱があったはずなのです。ちびクズの記憶が確かなら、それは鳥籠と同じ意匠の綺麗な細工が所々にほどこされていて、鳥籠を吊るすと、実に様になる感じなのでした。
 お父さんは、ちびクズが今日のお仕事を頑張ったら探してやると約束してくれたので、ちびクズは、普段からお仕事を頑張っていましたけれど、その日は特に頑張って働きました。お客さんが帰ってから、ちびクズがお風呂に入っている間に、お父さんは物置から鳥籠の支柱を出してきてくれたので、ちびクズは大層上機嫌になりました。支柱をお部屋まで運んでもらい、フックを引っ掛けて鳥籠を吊るしました。どこに置くつもりなのか尋ねられて、窓のそばに置いてもらうようにお願いしました。
 お父さんがお部屋を出て行ってから、ちびクズは、鳥籠の位置を少しだけズラしました。離れた所から見て、ちょっと首を傾げ、慎重に場所を変えて、また離れた所から見る、というのを何度か繰り返し、ちらと時計を確認します。そろそろ、男の子が家の前を通る時間でした。
 そわそわしながら鳥籠の前で椅子に座って待っておりますと、いつものように、男の子が歩いてきました。今日はいつもより時間に余裕があるのか、ゆっくりと歩を進めています。
 やった、とちびクズは思いました。
 夢で思いついたとおり、鳥籠越しに窓の外を見ますと、まるで男の子が鳥籠の中に入っているように見えたので、ちびクズはにっこりしました。もちろん、男の子は歩いておりましたので、鳥籠の中にいたように見えたのは、ほんのわずかの時間でしたが、それでもちびクズはとても嬉しかったのです。
 それから、鳥籠越しに男の子を見つめる事がちびクズの日課になりました。時間にすれば数秒のことですが、男の子の歩みと鳥籠の枠が重なる間だけ、男の子が自分の物になったような気分になって、ちびクズはご機嫌でした。

 しばらくして、毎朝空の鳥籠を見つめているちびクズを怪しく思ったお父さんが、何かあるのかと尋ねてきたので、ちびクズは困ってしまいました。
「……なんでもない」
 正直に言うのがなんとなく憚られて、ちびクズは咄嗟に誤魔化しました。けれど、お父さんはちびクズのお父さんだったので、何も言いませんでしたが本当は何か気付いている風でした。

 男の子が、毎日少しの間だけちびクズのものになって、ちびクズは嬉しかったのですが、段々朝以外にも自分のものになれば良いのに、とちびクズは考えるようになりました。朝、家の前を通るとき以外にも、籠の中にいてくれたら、いつだってその綺麗な姿を見られますし、お話だって出来るのに。
 寝る時に一緒にお布団の中にいてくれたら、暖かくていいにおいがするかしら、と夢うつつのちびクズは、いつもと同じように男の子が通るのを鳥籠越しに確認したあと、あくびをしてベッドに潜り込みました。今日のお仕事はいつもより少し大変だったので、ちびクズは疲れていたのです。

「おい、ちび! 起きろ!」
作品名:よあけのばんに 作家名:うづら