よあけのばんに
お父さんの声に、ちびクズは目を覚ましてのろのろと体を起こしました。枕元の時計を見ると、ちびクズがいつも起きる時間より、少し早い時間です。太陽も、普段見ているよりも高い位置で、寝足りないちびクズは、少し不機嫌にお父さんを見遣りました。
「ふぁ……、どーしたの、とーちゃん……」
「早く顔洗って着替えて来い、居間にいるから。びっくりすんぞ」
どこか楽しげな調子でお父さんはちびクズに言うと、お部屋を出て行ってしまいました。お父さんの考えがちびクズにはよくわかりませんでしたが、とにかく急いで身支度をして居間へ行くことにしました。お父さんはしつけに厳しい人なので、言うことを聞かないとちびクズは叩かれてしまうのです。
もたもたと支度をして、居間へ降りて行きますと、ちびクズは驚いて、飛び上がるかと思いました。大きな革張りのソファには、あの男の子がちょこんと腰掛けていたのです!
「君がくず? 俺、おすとって言うんだ。よろしくな!」
ちびクズは、そう言って手を差し出してきたおすとーーいつも見ていた男の子ーーが握手を求めているのだと気付くまでに、少し時間がかかりました。
「よ、よろしく……」
慌てて自分も手を差し出して握手をすると、おすとのてのひらがやわらかかったので、ちびクズはどきどきなりました。
それから、ちびクズとおすとはちびクズのお部屋に行って、色々なことをお話しました。好きな食べ物や遊び、おすとのお父さんの話、得意なこと苦手なことーー……。学校に行っていないせいでお友達のいないちびクズのお友達になってあげてほしい、とちびクズのお父さんに頼まれてちびクズのところへ遊びに来たという話も、ちびクズはおすとから聞きました。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、お外が真っ暗になってしまいますと、おすとは時計を見て慌てて言いました。
「もうこんな時間! 俺、もう帰るよ」
「えっ、もっと遊ぼう」
「早く帰らないとファティが心配するから……。また遊びに来るし、」
帰り支度を始めようとしたおすとの体をぎゅっと抱きしめ、ちびクズは言いました。
「やだ。ずっとここにいて。どこにも行かないで」
「だって、」
何か言いかけたおすとの柔らかい唇を、ちびクズは自分のそれですぐに塞いでしまいました。
こうして、鳥籠に小鳥がやってきたのです。
ロシアからのメールを待っていた鬱ギルが、着信音に慌てて携帯を取り上げたところ、煌煌としたディスプレイに表示されていたのはクズ普の名前だった。舌打ちを一つし、通話ボタンを押す。
『あー、もしもし鬱? 俺様俺様♡元気? ……って、お前が元気な訳ねえかw』
「……用が無いなら切る。俺は忙しい」
苛立ちを剥き出しに吐き捨てた。鬱ギルにとって、ロシアからの連絡待ちというのは、他の何にも変え難い、重要かつ崇高な任務である。クズ野郎の相手をしていてメールの返信が遅れるなど、言語道断だ。
『いや、用ってほどでもないけど、近況報告? みたいな?』
「間に合ってます」
『前にさ、鳥飼いだしたって話したじゃん。やっぱ、一羽だと可哀想かなーと思って、この間お嫁さんつれてきたのね。もう、すんげー可愛い。今度動画送るわ。早くつがわねえかなー』
断り文句も聞かず、一人べらべらと捲し立てるクズ普に苛立った鬱ギルは、眉根を寄せた。
「ていうか、なんでそういうことで俺にいちいち電話してくるの。お前友達いないの」
『……うるさい。黙れ』
「お前が黙れよ」