巴マミが魔法少女になる前の話
Prologue〜不思議な日常
ここはどこでしょうか? と、口にしたのは数分前。
ここはどこだろう? と、思ったのは数十分前。
なんか変だな。と、思ったのは駅を出て、暫く経った後のこと。
あたりはひまわりの花畑。ところどころに真ん中で折れた電柱が突き刺さっていて、荒廃した印象を持つそれらと綺麗なひまわり畑が明らかにそぐわず、気味の悪い印象を与えます。
しかも、夕暮れの山頂のように明るく、時刻を確認してもそれは明らかに非常識的な情景でした。沈みゆく夕日はとても美しいのですが、どこか偽物のような、模造品のような。そこはかとなく無機質さを感じさせて、非常に気味が悪いです。
気味が悪いといえば、先程からひまわり畑のほうからなにかの気配を感じます。時折ガサガサと音がして、耳を澄ませば微かに鳴き声が聞こえます。
確か、わたしたちは風見野についた後、それぞれの帰り道に着くまで歩いていたかに思います。ですが、いつの間にかこんな場所に迷い込んで――迷い込む?
こんな道、こんな場所は絶対にありえません。そんな変な街じゃあありません。なら――ここはどこなのでしょう? 考えても考えても答えは思いつきません。それが一層心を不安にさせます。
ルミちゃんからの返事はありません。ですが、さっきとは明らかに様子が違います。
なんだか、心なしか早歩きで、繋いだ手には汗が滲んでいるようです。そしてなにより、ルミちゃんの表情が――すごく焦っているようで――わたしと違ってルミちゃんはいつも手際良く、誰よりも上手に早く、なにかもを完璧に熟します。そして、いつもなんてことないような顔でいます。だから、わたしはルミちゃんのこんな表情をみたことがありません。
わたしは急に怖くなって来ました。今までは二人だから大丈夫だと、そう思っていたけれど、今のルミちゃんを見てしまえば、それももう意味しません。肩が震え、歯の根が合わず、足にうまく力が入りません。気がつけば身体全体がカタカタと震え始めていました。
「ねえ……?」
わたしは言葉が欲しくてなにか言おうと思いましたが、震えてうまく喋れません。ですが、怯えてるなんて知ったらルミちゃんもダメになっちゃうかもしれません。だから、できるだけ声を潜めて、感情や恐怖を押し殺して、そう言いました。すると、
「大丈夫」
ルミちゃんは間髪入れずにそう答えてくれて、――わたしは少し、安心しました。良かった。ルミちゃんは大丈夫。そう思ったら、震えはだんだん治まって来ました。ルミちゃんは大丈夫といってくれました。だから、わたしも精一杯の気持ちを込めて励ますべきです。
「だ……だ、大丈夫……。大丈夫だよね……っ!!」
ですが、まだ上手に喋れず、すごいぎこちなくなってしまいましたが、これがわたしの精一杯です。
緊張の糸が緩み、感覚がいつもどおりになったお陰で、ルミちゃんが優しくわたしの手を握り返してくれた瞬間を感じることが出来て、良かったと思えました。
●
マズい。と多賀城ルミは思っていた。気づいたのは少し前。違和感は最初から。しかし、しっかりと避けていたはずだった。はずだったのだ。しかも、いつもなら自然とわかる出口がわからない。混乱して方角すらわからなくなってくる。いや、混乱せい? わからない。
ルミは脳内に響く声を振り切りながら、急ぎ足で進む。千花に気付かれないように解決の糸口を見つける。それを満たす条件を探す。
不意に後ろの千花がなにか言った気がした。この事態をどうやって説明しようか。いや、説明してはいけない。なら、どう言おうか。なんて言えばいいのか。焦った私は、思わずわたしは何も考えずに、大丈夫。と言ってしまった。
しまった。と、すぐに思った。千花がそんな思いで言葉を漏らしたのか。それを思うと心が辛い。自分の軽率な行動を悔やんでいるると、千花はわたしの手を微かに握り、
「だ……だ、大丈夫……。大丈夫だよね……っ!!」
あまりに頼りない声。それもそのはずだ。千花にとってこの世界は初めてであり、謎であり、恐怖だ。だのに、わたしの無責任な言葉を信じて、言ってくれる友達は、千花ぐらいのものだ。
――なら、わたしはその信頼に答えなくちゃいけない。絶対に、どんなことがあっても。無事に元の生活に送り返す。ココはわたしの領域だ。千花はなにも関係ない。
(――それにヤツも千花に目をつけている。千花がおかしかったのも――ヤツ。だからこそ――!!)
わたしは覚悟を決める。わたしは二度千花の手を握る。最初は優しく、二度目は絶対に離さないように、しっかりと握った。そして、
「行くよッ!!」
「えっ?」
間の抜けた千花の声を皮切りに痩せた赤土を蹴りだす。勢いで茶色の土埃が舞い、やや置いてからあたりでも同じものが舞った。その主とおもわれるモノの奇声が聞こえる。後ろの千花の足が淀んだようだが、構わずその手を引っ張り続ける。
千花はもつれそうになった足を必死に整えながら、わたしについてきてくれている。
走って間もなく、ひまわり畑のなかでなにかの気配を感じた。微かに声が聞こえる。もちろん、人の発するものではない。くちゃくちゃとなにかを口の中で練っているような音となにかが滴り、それに合わせて溶ける音。それが、わたし達と並行しながら駆けている。
続けて、ヒュウウ、と風を切る音がした。だが、見なくてもその実態は把握できる。今度は確かにわかる。間違わない。そう言い聞かせ、わたしはしっかりと手を握ったまま右に円を描くように蛇行した。すると、予想通り左手の方に電柱が飛来した。
地面が爆ぜ、石や土がこちらに飛んでくる。前は激しい土埃でなにも見えない。電柱の雨はまだ止まない。岩や土の凶器が行く手を遮る。だが、それでも前へ前へ進んでゆく。止まれば化物の餌食。止まれば電柱の下敷き。止まる選択肢など鼻からなかった。
「早く!!」
必死で逃げるわたしは気の利いた言葉など思いつかない。ただ、できるばかりの言葉を送って、頭では死なないようにする方法を考えて、実行する。それだけ。
「ね、ねえ……ルミちゃん。あ、あれって……?」
息を切らしながら千花がなにか言ってる。多分、気づいたんだ。あの化け物に――。
「前を向いて!!」
減速した千花を察したわたしは叫んだ。化物はひまわりを模しているから、そう簡単には気づかないはず。つまり、奴らは畑をでて追ってきたのだ。そして、千花は気づいた。多分そうだろう。
千花は続けて切れ切れの声で尋ねた。
「ね、ねえ!! こ、これって……?」
なんて言おう。とわたしは思った。予想の範囲内だが、激しく悩んだ。これは千花には教えたくはない。知ってほしくないことだ。しかし、実際に体験してしまった以上、説明は免れない。少し悩んだが、わたしはせっかくだからこう嘘をつくことにした。
「これは――夢だよ」
「ゆ、夢?」
わたしは少し間を置き、できるだけ気取った声で、演じる風に心がけて、
「そう――夢。これは只の悪い夢。少しすればすぐに醒める儚い夢。だから――大丈夫。安心して」
作品名:巴マミが魔法少女になる前の話 作家名:ぼんくらー効果