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ぼんくらー効果
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巴マミが魔法少女になる前の話

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「そ、そんなこと……。女の子はか細いほうがいいわよ」
「わ、わたしもそう思うかな。あんまり痩せてるとかわいそうだって……」
「そんな……。ねえ――ええっと……あれ?」
「なんですか? 話をそらそうったってそうはいきませんよ」
「ううん。あれ? さっきまでいたんだけどなぁ……」
「誰のこと?」
「あの。わたしさっきまで栗は――」

 その瞬間後ろからいきなりどつかされ、一瞬ふらっとします。
 ふらっとしてへたり込みそうになっても、後ろの誰かはわたしの肩を片手で抱えたので倒れることはありませんでしたが、そのかわりに顔にやわらかい頬をおしあてられすりすりと頬ずりしてきます。
 それは隣のルミちゃんも同じ――はずでしたが、いつの間にか抜け出しています。
 どつかれたのまでは一緒だったはずなのですが……。いつも抜け出しているとはいえ、感心せざる負えない早業。流石です。

「よーーーっす!!!!!! 隠れていた甲斐あってこうやってかわいいかわいい千花に抱き着けるなんて幸せだなあ……。もうこうなったらイくとこまでイくしかないよね!!」

 もちろんこんなに冷静なのは”誰か”と濁しつつもその正体は既に分かっているからなのです。
「奈菜ちゃんくるしい」
「ひょーー!! もっかい言って!!! もっかい!!!!」

 こうやって抱き着いてくるのはわたしが知る中でもひとりだけ。栗原 奈菜ちゃん。背が高くて、男子生徒の三分の二は彼女より低いと思います。165センチくらいはあるでしょうか? スポーツのみ万能。女の子とのスキンシップ大好き。色素の薄い髪の色が少し茶色に光って見える元気印の女の子。しかし、これまたまーちゃんと同じく、いつもなら所属している女子バスケット部の朝練で会うことはありません。なのに、今日は二人ともいつもとは異なり、わたし達と一緒に登校しています。

「や、やめて。気持ち悪いよ」
「――こんなんで気持ち悪いなんて言ってちゃ、ダ・メ・だ・ぞ?」
 いきなり気色悪い声になって、じゅるりと唇をなめる音が耳元で鳴ります。ほんとにきもちわるいです。わたしはじたばた暴れて奈菜ちゃんの縛めを振りほどこうと奮闘しますが、如何せん力が強く、ひょろひょろなわたしでは全く歯が立ちません。
 わたしは奈菜ちゃんに抱き着かれるがまま、ぺたぺた至るとこを触られるがままに通学路の道を歩き始めました。

「ね、ねえ。今のところ誰もいないけど、来たらすごく大変なことになるから……」
「マミ。このペースで間に合う感じ?」
「そうねえ。この時間に出たことないからどれくらいなのかわかんないなあ」
「……もういいです」

 抜け出せない、助けてもらえないからと言って好き勝手やらせるのは癪、というか危険なので、ところどころアウトなところに踏み込もうとした手を手加減抜きでばちんばちん叩きます。
「なによぉ……痛いじゃん」
「わ、わかってるならやめてよ……」
 それでも離さないので、わたしも叩くのをやめません。あたりに軽快な音が鳴り響きます。
 その音をBGMに、ルミちゃんが尋ねます。

「マミ――さんが今日は遅いのはどうして?」

 理由は特にないと言われればそれまでなのですが、生憎まーちゃんは隠すつもりがないらしく、視線がきょろきょろと動いています。言葉も淀み、顔も蒼白になっているようです。
 すると、後ろの奈菜ちゃんの力が緩み、その隙に抜け出します。ああ!! とか叫ぶかと思いきやその顔は笑いをこらえるのに必死で少しにやついています。
「え!? まさかほんとに行ったの?」
「ちょ、ちょっと……」
 その一言にあからさまな焦りを見せるまーちゃん。にやにやしながら、えーっとねえ。と続けて話し始めようとする奈菜ちゃんの口を必死に塞ごうと飛び掛かるのですが、奈菜ちゃんの長い腕一つで頭を押さえられ、ほぼ無意味です。

「どうしたのまーちゃん……?」
「なに? そんなにあれなことなの? 奈菜さん?」
「ふふっ、あのね。マミったらさあ。この前見滝原の近くに――」
「あーーー!! ああーーーーーーーー!!!!!」

 今度は得体のしれない叫びをあげて抵抗します。これには奈菜ちゃんも困った様子で、あたりを見渡しながらどうどうとなだめるのですが、それすら聞いてくれません。
「あーもう!! この!!」
 なんだかヤケになった奈菜ちゃんは空いていたもう片方の手で頭を押さえ、両手でまーちゃんの頭を押さえます。おそらくどちらか片方の手で頭を押さえるつもりなのでしょう。が、力が緩んだのか、それともまーちゃんが力を込めたのか、まーちゃんの頭が奈菜ちゃんの手からこぼれ、頭が奈菜ちゃんの腹部を捉えます。
「ふこっ!!」
 呼吸が噴き出したような音をたてて、長身の奈菜ちゃんが押し倒されます。
 まーちゃんもそのまま倒れ、奈菜ちゃんの右足をなぞるかたちでうつ伏せになります。
「――!!」
 腹を押さえてもがぐかと思いきや、顔が紅潮して左足のみでだんだんとコンクリートを踏み鳴らします。言葉にならない声で、それでも足の上のまーちゃんは動かしません。
 紅潮もまるで酸素が足りないだけとは思えないほど真っ赤で、けっして動かさない右足は攣ったかのように真っ直ぐです。
「ま、ど……おっ……い」
 息が苦しいでしょうに、譫言の様に苦しそうに唱える言葉はどうしても伝えたい言葉のようですが、残念ながらわたしには聞き取れません。
 硬直していたまーちゃんはむくりと両手を使い、四つんばいの姿勢になりました。そして、
「――――!!」
 前髪で表情を隠したまま、そのままの姿勢で奈菜ちゃんに歩み寄り、
「なっ、なにを!! もっ!!」
 今だもだえ苦しむ奈菜ちゃんの腹に馬乗りになり、口を両手で押さえ、声を封じます。いや、むしろ呼吸が封じられています。
「――――な」 
「な?」
 スカートの内から見えるまーちゃんの太ももの間には、九死に一生のような表情でじたばたする奈菜ちゃん。いったいまーちゃんはどんな顔をしているのでしょうか。そう思っていると、前髪が垂れて見えなかった表情、その顔がこちらに振り向かれ、こちらを見て言い放ちます。

「なんでもないから!!!!!!」

 身体は震え、目の焦点はガタガタ、顔は真っ赤っかでもなお取り繕うと必死なまーちゃん。その下には、まーちゃんの犠牲となった友人の屍の姿が……。
 そして、遠くから鐘の音を模した電子音を耳が捉えます。
 みんなの目つきが変わり、まーちゃんは素早い動きで立ち上がります。

「え!? もうそんな時間!?」
「いや、これは予鈴……多分」
「も、門はまだしまってない!! はやくいこっ!! 予鈴でも急がないと間に合わないよ!!」

 学校の門は既に遠く霞んで見えています。ですが、距離はずっとずっと遠く、間に合うかはとても怪しそうです。わたしたちはまだ間に合うと信じて、駆けだします。足の速さはルミちゃん、まーちゃん、わたしの順番でみんな全力で走っています。
 
 ――ごめんね。
 わたしは、目を真っ白にしたまま横たわる友達に、心の中でそう言って、前を向きます。