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夏に一度死んだ

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うだるような暑さ、とはこのことを言うのだろう。清冽たる出で立ちで、弓をならすえみおの額から、また一つ水滴が落ちた。離れた場所で、つい今しがたまで無言でいた男が口をひらく。
「だってさあ、俺に本カノなんていたら悲しむじゃん。あ、女の子が俺のために悲しむならそれはそれで俺的にはなんの問題もないっていうかむしろ嬉しいんだけどー、でもやっぱー、……ね、誰のためだと思う? ねえ、バカなえみおくんは俺がなにいってるかわかる?」
先程までの気だるげな雰囲気はどこにもなく、何を思い立ったかめぐおは妙に饒舌だった。
今の台詞のなかで、クエスチョンマークは二回あった。一度は確認、一度は問いかけのフリをした、おちょくりだ。じりじりと焦げつくような日差しが生み出す、灼熱とも感じられる温度に負けそうになりながら、十分にならされた弓を持ち、音を出さずに歩みを進める。
自主連に付き合うなんて最もなことを言っておきながら、やはりただ遊び相手が欲しかっただけらしい。それなら京介や嵐士のところにでも行けばいいだろうに、なんで此処なのか。思わず吐き出しそうになるため息をぐっと飲みこみ、改めて、弓を射る姿勢を取る。足踏みから、胴造り。弓構えで一度だけ息を吸いこむと、血流が途端に激しくなったように錯覚出来た。矢は放物線を描くから、目標からは少しだけ乙矢の先を持ち上げて、そう、いつもの通りに。ジジジ、と、弓がしなりを上げた瞬間、鋭く射った。離れ。
ドス、と、重い音が響いて、的の中央から逸れた部分に、乙矢は刺さっていた。少し遠くの、日陰の椅子にだらりと座っていためぐおが、すげー、と無意識的に小さくこぼす。……ま、外れたけど。それはもう少し、意思をもった声である。憎たらしい男だ。
「めぐおちゃーん、俺もやりたいー」
「ふざけんな、初心者が出来るわけねーだろ」
「なんで? お前が教えてくれればいいじゃん」
「そんな時間ない」
夏大の個人戦のために、普段合同練習がない日にまで学校へ赴いているえみおには、ひたすら時間が足りなかった。ただ嫌悪を露呈させただけではなく、本当に「そんな時間」は無いのだ。部が暇な時にはほとんどやってこないくせ――やって来たとしても、女連れに決まっているので練習の邪魔以外のなんでもないが――こうして一人になった途端、相手も一人で付いてくる。
えみおは計りかねていた。めぐおの考えること、行動、言葉ひとつひとつが、うまく飲み込めずに、喉元を伝ってゆく。この感覚が、気持ち悪かった。自らの確認のためにもう一度言う。「そんな時間はない」……我ながら、ひどく意思が伝わりにくい声色だと思う。表面張力でどうにか形になっている、ぬるいカルピス。そんなかんじの。零れるのかどうなのか、どうにも意地を張っているみたいな。
つまんないやつ、と、めぐおは嘲笑まじりにまた呟く。これは勿論意思を持っている言葉だ。色素がこれでもかというほど薄い男の、ワイシャツのボタンは、故意に外れている。そのせいで、臍のわきに埋められたピアスがちらついて仕方なかった。目の端で捉えざるをえない、大変趣味の悪いそれは、前までつけていたものとはまた違うようである。恐らく現在のキープから与えられたものなのだろう。めぐおは物に頓着しない変わり、与えられれば喜んで身に付けた。それが女を喜ばす手練手管のうちの、ほんのひとつの方法であるとしても、全員がそれを手放しに喜ぶらしい。
そんなもんつけやがってこの万年校則違反野郎が。心のなかで一人ごちて、やっと残心を済ませた。ここまでの流れは、あまりに予定調和的すぎて、えみお自身辟易している状態なのだ。こんなに雑念だらけで、何が練習だろう。汗が頬を伝い、道着の襟元へとひとつ、染みができる。驚くほどの無風に、妙に遠い蝉の鳴き声。えみおは数メートル先のめぐおに向き直り、ほとんど命令めいた口調で言った。
「お前、もう帰れ。……美白命なんだろ」
「大丈夫! 死ぬほど日焼け止め塗ってきたから」
「そこまでする意味がわからん」
「え? だって一人で練習なんて寂しいじゃん」
「……誰が」
「お前が」
その自信満々な表情は、一体どの当たりの根拠に基づいて形成されているのだろうか。めぐおのことが心底嫌い、だとか、そういうことは別段ないが、それにしても冗談が過ぎる。先ほどのことといい、めぐおはとにかく、確信的且つ核心的な言葉を避けている。わざとらしく、相手に気付かせるようにして。
「お前、バカのくせに悪知恵だけは働くんだな」
「はあ!? 馬鹿じゃないもん、両親の血ちゃんと引いてるもんね!」
「……どうだか」
肌と同様、色素の薄い髪が、日陰から少し漏れた光を吸いこんで、淡い桃色に見える。黙っていればこれほどまでに美しい男もそうはいなかろうに、めぐおに魅かれる女性達のことを思って、憐憫や同情を越して、妙に滑稽な気分になった。十秒も見ていれば、この男がどれだけ滅茶苦茶かわかるはずだろう。それでも皆、追い続ける男。女のように細い腕で、何人抱いてみせたのか。
普段考えないようなことを、考えている、そんな自覚はあった。あったがしかし、それが相手をどうこうと意識しているせいだ、なんて仮定の提示には真っ先に蓋をした。暑さに参ってこんなことを考えるのであれば、倒れた方がまだマシだ。
流石に何十本も打ち込みを終えた後ともなれば、身体も疲弊しはじめる。渋々めぐおの隣へ、膝を曲げ、正座を組んだ。すでに練習から二時間半は経過していた。
「えみお、帰るの」
「まだ残る。少し休憩するから、お前はもう帰れ」
「なんでそんなに帰したがんの? ほっときゃいいじゃん」
「お前を放っておいたら何をしでかすかわからん」
「……ふーん」
いかにもつまらなさそうな返答をしながら、あぐらをかいていた足はおもむろに延ばされ、裸足のつま先にぐっと力が込められているのを、視認する。作法もなにもあったものじゃないなと、先ほど我慢していた分と共にため息を吐き出せば、めぐおは遺憾だと言わんばかりに口をとがらす。
「えみおは俺の母親かっつーの! バーカバーカ!」
「ああもう、いいからほんと帰れってば!」
「あーあーいいよ、じゃあ今からえみおは独り寂しく練習してりゃいいよ!」
「そうする」
よかった、やっと落ち着く。と、安堵する間も与えずに、めぐおはえみおの襟を乱雑に掴んだ。あまりに唐突で、その手首をぐっとつかむ。脊髄反射のようなものだった。思った以上に細いその腕は、ひやりと冷たくてまた、驚く。自分の身体が熱いのだろうか。今から何をされるのか、まさか攻撃でもしかけてくるのではあるまい、そんなことが脳裏にかけ巡って、掴んだ手から変に力が入りそうになった。唐突に始まる喧騒も、唐突に訪れる静寂も、すべてはこの男が作り出した舞台の演出であり、そうして自分はただの効果のようにも思えるのだ。
「ね、さっきさ」
めぐおの声が間近に響く。女好きしそうな、甘ったるい声であることを否応なしに再確認させられると、どうしてか目を合わせられなくなって、下を向いた。それは、例えば負けを認める合図だったのかもしれない。この距離を許してしまったが最後、めぐおにとって何が正常で、何が異常であるかなど関係はなくなる。負けだった。確実に。
作品名:夏に一度死んだ 作家名:knm/lily