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涼風 あおい
涼風 あおい
novelistID. 18630
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また出会えたその時は、

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突然の声に体が跳ねた。思考から現実に引き戻され、頬が赤くなる。明らかに不自然なその反応に気づかれていないことを祈りつつ、平静を装う。
「なによ」
「俺、あの世界に行く前、前世でさ、野球部だったんだ」
唐突に彼が話し始めたのは、彼の前世の話だった。
所属していた野球部の大切な試合でミスをしたこと。そのミスの重みに耐え切れず、先輩の悪い誘いに乗って逃げてしまったこと。その弱さの後悔。
その話を聞くのはたぶんこれが初めてだった。
当時話してくれなかった過去を、どうして今、話してくれたのだろう。
日向くんの横顔をこっそりと盗み見ると、特に悲観しているような顔ではなかった。
視線に気づいた日向くんはあたしの方へ顔を向けると笑った。
「なんつー顔してんだよ。過去の話じゃねぇか。ゆりっぺがそう言ったんだろ?別にもう気にしてねぇよ。なんでだろうな、なんとなくゆりっぺに話しておきたいと突然思ったんだ」
「野球部に入ったのはその後悔があったから?」
過去の話に対しても、話してくれたことに対しても、なんて返せばいいのかわからず、口から出た言葉はそんな問いだった。
話を聞くまでは野球部に入ったことに対して何も思わなかったが、聞いてから考えてみれば、関係がありそうだ。
なかなか返ってこない返答に、失敗したかと冷や汗が流れる。気にしていないとはいえ、さすがに酷な質問だっただろうか。
気まずさから日向くんの方を向けず、手すりをぎゅっと握りしめて目を背ける。
「んー…それがわっかんねーんだよなぁ~」
あたしの心配を他所に、聞こえてきた声はあくびすら聞こえてきそうなほど間の抜けたものだった。
「なにそれ!?」
と、思わず突っ込んでしまっても笑って返される程で、深刻さなど欠片もなかった。
「だってよーわっかんねーんだもん。ゆりっぺに言われて今もう一回考えてみたけどさ、やっぱわかんなかったわ」
あの間はその間だったのか…。力が抜けて思わず盛大なため息が漏れる。
「ん?どうしたんだゆりっぺ」
「どうもしないわよ…」
「一応真面目に考えた時期もあったんだぜ?このやりたいって気持ちは前世の俺の気持ちなのか、今の気持ちなのか、ってな」
それはまさに今のあたしの悩みだった。
日向くんと一緒にいたいと、触れたいと思う気持ちは…ドキドキする気持ちは…どっちのあたしの気持ちなのだろう…?
「けどさ、考えても考えてもわかんなかったんだ。そんで、もうめんどくさくなって考えるのを止めた。そしたら、もうどっちでもいいんじゃねーか?って思ったんだ。昔の俺とか、今の俺とか、そういうの抜きにして、今、やりたいと思ったなら、やればいいんじゃねーの?ってさ」
瞬間、一陣の風が吹いた。
心のある部分にかかっていた霧が吹き飛ばされていく。
「過去はきっかけで、今の気持ちは今の自分のもんだって思うことにしたんだ」
言葉が出ない。日向くんの言葉によって開放され溢れだした感情に翻弄される。
グラウンドの方を見ながらバッドを振る仕草をしていた日向くんが、様子をうかがうようにこちらを見、驚いた顔をして動きが止まる。ひだまりのように優しく微笑んだ日向くんがゆっくりと近づいてきた。
「なぁ、これからはさ、強がったり我慢したりせずに泣いていいんだぜ?ゆりっぺ」
おもむろに挙げた手があたしの頬に触れる。その時ようやく、自分が泣いていることに気づいたのだった。
触れた指から伝わってくる日向くんの優しさと言葉に、あたしはもう抑えることができなかった。
あの頃我慢していた想いも全部、溢れだして止まらなくなった。
「うああああああん!」
日向くんの制服が汚れるとかそんなこと考える余裕もなく、あたしはしばらく日向くんの暖かさに包まれてわんわん泣いた。その間日向くんは何も言わず、ただただ優しく頭を撫でていてくれた。
ずっとこうして縋り付きたかったんだろう。救けてもらいたかったんだろう。それでもそう出来なかったのはあの頃のあたしの強さであり弱さだ。
今泣いているのはきっとあの頃のあたし。戦線のリーダーとして、誰かに弱さを見せることはできなかったあの頃のあたし。
でも、日向くんを好きだという気持ちは、今のあたしのものだ。
もうごちゃごちゃと考えるのは止めた。
今、こうしてドキドキしていて、そばにいたいそばにいて欲しいと思う。それだけで充分なんだ。
あたしは、日向くんが好きなんだ―――。

過去のあたしがひとしきり泣き、やっと落ち着いてくると、今日向くんの腕の中にいるのだという実感が大きくなってきた。
“素直になりなよ”
おせっかいな友達の言葉が脳裏をよぎる。
素直なんて言葉とは無縁の生き方をしてきたあたしが、急に素直になれるわけがない。だけど…
「ねぇ」
「んー?」
「あたしが……日向くんのことを好きになっちゃったらどうする?」
それが精一杯だった。自分の心臓の音がうるさい。日向くんにも聞こえてるんじゃないかと思うと、余計に心拍数は上がっていった。
「その時は…」
日向くんの制服を掴んでいる手に思わず力がこもる。
「どーすんだろうな!わっかんねーや」
「はぁぁ!?」
真面目な返答を期待していた分、茶化されたことに腹がたった。日向くんから離れ睨みつけると、ニヤニヤとしていて、余計に腹がたった。そして、次の発言が引き金となる。
「なに?お前俺のこと好きになっちゃったの?」
今度は別の意味で顔が真っ赤になった。ニヤニヤしている日向くんの制服を掴み、柵に押し付ける。日向くんの腰のちょっと上くらいに、手すりが当たる。更に力を込めると、手すりの向こう側に日向くんの腕から上が出た。。
「うるさい!アホ!バカ!いっぺん死ね!!!」
「うおああああ落ちる!落ちる落ちる死ぬ!!!それこの世界じゃシャレになりませんからぁぁぁあああ!!!」
こんなもんで怒りがおさまるわけがなかった。死んでも生き返るあの世界だったら確実に突き落としていたことだろう。
あれでも意を決して言ったというのに、乙女心を弄ぶとは酷い男だ。
苦痛で泣きそうになっている日向くんを見て、興が覚めた。
「もう知らない。宿題も見せてあげないし口もきかないんだから」
「うぇぇぇぇ?ちょっと待てよ!ゆりっぺ!!」
足元に置いてあった自分のカバンを掴むと、制服を整えている日向くんを待たずに扉へと向かう。
最悪だ。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。あのアホが茶化すから…いや、あたしがちゃんと言わなかったからだろうか。
滲んできた視界に、あたしはこんなに弱かっただろうかと情けなくなる。
スカートのポケットから取り出したハンカチで涙を拭おうとした手が、いつの間にか追いついてきた日向くんに阻まれた。
「その時は…」
急に真面目くさった顔で見つめられ、どぎまぎする。こんなの反則だ。
日向くんは一度目を瞑って深く深呼吸をすると、しっかりとした口調で告げた。
「その時は、ゆりっぺの涙も想いも全部、受け止めてやんよ」
そのまま腕を引っ張られると、あたしは再び暖かさに包まれた。
瞳の端に溜まった涙が、日向くんのシャツに染みていく。
「バカ…」
日向くんがどういうつもりなのかさっぱりわからないけれど、今はただ、ずっと触れたかった暖かさに身を委ねた。