そら礫
そら礫
「ははあ、それは奇妙な話です」
キヨテルは読んでいた本を閉じ、文机からがくぽの方に膝を詰めた。
「一体何者の仕業やら。尾形殿もほとほと弱っておるようだ」
がくぽはため息を一つついて、冷めた茶を一口啜る。
がくぽが乱雑に積まれた本に囲まれた部屋の主を訪ねたのは、半刻程前であった。
キヨテルはがくぽの家の近くで寺子屋を開いている青年である。数年前に越してきて以来親しくしていて、今日のように家を訪ねては本を借りたり世間話をしたりしている。
眼鏡を掛けた温厚そうな見た目と一緒で優しく柔和な人柄であるが、よく周りから天然だの何だのと評されるがくぽをして変わっていると言わしめる人物でもある。広く博識で本人は本草学の学者を自称しているが、具体的にどのような仕事かは、がくぽはよく知らない。
訪ねていくと、授業がない時は大抵本を読んでいる。本人に悪気は全くないが、読書に夢中で挨拶一つで茶も出さず客人を放っておく事もままあって、そういう時は、がくぽもがくぽで積まれた本を勝手に物色しながら、一方的に話をしたりする。
今も聞いているのかいないのかよく分らぬ相手に喋っていたのであるが、どうやらがくぽの話にキヨテルはいたく興味を惹かれたようだった。
「詳しいお話を聞かせて頂いてよろしいですか」
子供のように顔を輝かせて促され、がくぽはもう一度最初から話し始めた。
呉服小間物商近江屋に、昼夜を問わず礫(つぶて)が降ると。