そら礫
「ようやく都合がついたのでな。近江屋に行ってくる」
外出の支度をととのえ奥のカイトに声をかけると、見送りに出てきたカイトにがくぽは告げた。
都合がついた、というのは先日カイトを助けるために猟師に払った金子である。がくぽの知行ではこの程度も中々捻出が難しいのだ。
「ああ、それは…いってらっしゃいませ」
自分の所為で紋服の支払いが遅れたことに対しての気遅れもあって、どうもカイトの歯切れは悪くなる。
がくぽの方は全く気にしていないので、カイトのバツが悪そうな顔にも気付かず、盆、暮れと引き延ばしたからなあ、さすがにこれ以上遅れてはな、などと話しながら草履をつっかけた。
「ついでだ。何か入用のものはあるか」
「特にはありませんので大丈夫ですよ。お気をつけて」
蒼い目を細めて笑う青年に送られて、暗くなる前には戻ると言い置きがくぽは家を後にした。
店までは遠いが陽気も良い時節、散歩がてらとのんびりと歩いていたのだが
「ん…?」
目指す店が見えてきた時、がくぽは足を止めた。
近江屋の前に十人程の人間がたむろしているのだ。店に入る様子はなく、中を覗いたり、ただ立って喋ったりしている。
「御免」
「ああ、これは神威様」
入口の前で話しているのを退けて店の中に入ると、主人の尾形友兵衛ががくぽを見て寄ってきた。
がくぽの家では服は必ずここで仕立てているので、主人とは子供の頃からの顔見知りである。
「今日は勘定を済ませに参ったのだが」
「それはご足労を。こちらへ」
いつもの愛想良い笑顔で帳場へと案内する。
支払いを終えると、がくぽは気になっていたことを訊いてみた。
「表の人だかりはどうしたのだ?何かあったのか」
「あれですか……」
友兵衛にしては非常に珍しく苦々しそうに呻くと、これでございますよと一寸ばかりの小石を持ち出してきてがくぽに見せた。
「石…に見えるが?」
色も形もその辺に落ちている石である。
「ええ、ただの石でございます」
「これがどうかしたのか」
「降るのですよ、石が」