If ~組織の少年~
薄暗く一脚の椅子が真ん中にあるだけの部屋。その椅子に頭をぐったりと下げた少年が座り、両手を後にバインドで縛られている。もう、死んでるんじゃないかと思わせるくらい動かない体にはいたる所に青アザや擦り傷が見える。
そんな部屋に扉と床が軋む音が聞こえる。開かれた扉には一匹の黒猫が四つん這いしている。猫は真っ直ぐに少年の目の前と来る。地べたに尻を下ろし、毛並みを整えるように手を舐める。
「………何しに来たんだ、ヨル」
そのままの姿勢で少年が猫に喋りかける。
猫は舐めるのを止め、視線を少年へと向ける。その目は心なしか怒っているように見受けられる。
「連れない一言ね、シルア。使い魔が主の様子を見に来ちゃいけないの?」
猫の口の動きと共に言葉が発せられる。
少年は鼻を鳴らし、まるで下らないとでも言いたげだ。
「ヨル、お前はいつも俺を主だと認めないって言ってるくせにどうしてこういう時だけ主扱いするんだ?」
「………」
「お前は誰もが認める優秀な使い魔だ。俺には勿体ない程にな。お前自身もそれを自覚してる。自分はこんな奴に仕えるべきじゃないって。俺もそう思うし、ヨルが望むなら契約を解除したっていいと思ってる。なのになんでだ? なんでお前はこんな時に俺を主と呼ぶ。いや、違うな。そもそもどうして今まで俺と一緒にしたんだ?」
少年の問いに猫は沈黙する。視線はジッと少年に向けられたままだ。重苦しい空気が部屋に漂う。それにも関わらず、一人と一匹は何も言わない。少年は猫の返事を待ち、猫は少年を見つめる。
この状態が五分程続いた時だった。沈黙を破ったのは猫。
「少しふざけただけよ」
この答えに少年は表情を変えず、「そうか」とだけ言って口を閉じた。
「それより、これからどうするのよ。このままじゃ、貴方殺されるわよ」
「そうだな」
猫の言葉に少年は顔色も変えずに答える。殺されると言われて何も感じないわけではないが、覚悟は多少なりともしていた。
「まったく、よくここまでバレなかったものよ。命令に背いて目標を殺さずに逃がすなんて」
「そうだな。俺はどうしようもない愚か者だな。誰も殺したくないからって目標を逃がして、自分の首をどんどん絞めてきたんだからな。この制裁の後は殺されるだけか。さて、どうしたもんかな」
「その言葉、まだ生きる意志があるの?」
「うん? どういう事だ?」
「どうしたもんかってこの状況を打破したいって事でしょ。つまり、殺される状況を打破したい。生きたいって事」
「なるほど」と少年は呟く。
「俺は性懲りもなくまだ生きようとしてたわけだ。バカだな。いつかはこうなるって分かってたのに死ぬ覚悟も出来てなかったわけだ」
力無く笑う少年に猫は右手の爪を少年の脛に突き刺した。ボロボロの服はその爪にすんなり破かれ、爪は皮膚を切り裂く。
「痛い!!」
「嘘、貴方はこんなことぐらいで痛いと思わないでしょ」
「そんな事はないぞ。見ろ血が出てる。人は誰でも血が出れば痛いと感じるもんだ」
少年の戯言をどうでもよさそうに受け流し、猫は視線を再び少年の目に移す。
「いい、一回しか言わないからよく聞きなさい。貴方、ここから逃げる気はない?」
猫の言葉に少年に笑顔が消える。
「ヨル、言葉を慎め。誰が聞いてるのか分からないんだぞ」
「分かってるわ。でも、機会は今しかないの。アイツがいない今しかね」
「………」
少年は何か考えるようにして目を閉じた。
「シルア……」
確かにこのままじゃ死ぬ。これは推測や推理なんかしなくても誰でも分かる。覚悟はしなくても分かっていた。感じていた。知っていた。だから、ここで逃げだすのは面白そうだから半端な覚悟で裏の世界に片足を突っ込み、そのしっぺ返しが怖くて逃げている奴等と一緒だ。少年はそんな奴等をいつも見てきた。しっぺ返しを加えるためにそんな奴等に会ってきた。つまり、自分も加える側ではなく、加えられる側だったようだ。
「………ヨル、俺にはちょっとした夢があるんだ。いや、違うな、妄想と言った方がいいかな」
「その妄想って何?」
「自由だよ。」
「自由?」
「そう自由。俺ぐらいの歳の奴等が平等に持ってる権利だ。ミッドチルダなんかじゃ当たり前に転がってるらしい。俺は自由を感じてみたいんだ。食いたいもん食ったり、行きたいとこ行ったり、やりたい事をやる。そんな自由が欲しい」
猫は少年がこれ程までに自分について語っている所を初めて見た。その驚きと同時に嬉しさも感じた。
「そう、で、どうするの?」
「俺は逃げるぞ。俺は殺される側になったとしても不自由より自由を選ぶ。ヨル、付いて来るか?」
「私、ここのご飯不味くて嫌いなのよね」
猫の言葉に少年は満足そうに頷く。
「よし、ヨル。今日からお前は飼い猫じゃなく野良猫だな」
その言葉に猫の眉間がピクリと動く。どうやら、気に喰わなかったようだ。
「そんで俺は自由人だ!!」
その数分後、その部屋には少年の姿も猫の姿もなかった。
私立聖洋大付属中学校の校内に授業終了のチャイムが鳴り響く。その合図と共に無人の廊下が一気に生徒で溢れる。生徒達は下校するために昇降口を目指し、人の流れを作っている。
そんな流れには目もくれず、二年の教室にはフェイト・T・ハラオウンが教科書とノートを開き、熱心に何かを書いている。
「あれ? フェイトちゃん帰らないの?」
長い栗色の髪をサイドで纏めた高町なのはがフェイトに話しかける。その手には既に学校指定の鞄を持っており、帰る準備は整っているようだ。
「うん、少しアリサから借りたノート写さないといけないから。なのはは先に帰ってていいよ。今日本局に行くんでしょ」
「分かった。でも、この頃みんな別々のお仕事が多くなってきちゃったね」
「仕方無いよ。なのはは戦技教導官で、はやてが特別捜査官、私が執務官だから必然的に仕事が違っちゃうから」
「そうだよね〜。学校以外じゃ滅多に会わなくなっちゃったし。少し寂しいかな」
「そうだね」
二人から哀愁が漂い始める。昔から一緒に過ごしてきた二人とって別々になるのはそれだけ悲しい事なのだろう。
「フェイトいる?」
その空気を打ち破るようにフェイトの教室に明るい声が響く。
腰まである赤い髪を靡かせながらアリサ・バニングスが二人に近づいて来る。
「アリサちゃん」
「ごめん、アリサ。まだ、ノート写し終わってないんだ」
「大丈夫大丈夫。明日、数学の授業ないから家に持ち帰ってもいいよ」
「ありがとう」
今日中に写し終わらないと思っていたフェイトはホッと安心したように息を吐く。
「ところでなのは。今日、アンタ仕事って言ってなかったっけ?」
「ああ!!」
すっかり忘れていたようで、なのはは二人に挨拶をすませると素早く教室から出て行った。
「それにしても大変よね。仕事と学校の両立は」
「そんな事ないよ。仕事じゃあなのはとはやてがいるし、学校にはアリサとすずかが助けてくれるから」
と恥ずかしげもなく言うフェイトにアリサは照れたように顔を赤らめる。
「ま、まぁ、別にノートを貸すぐらい誰にでも出来るし」
「そんな事ないよ。アリサのノート見やすくて分かりやすいから凄く助かってる」
そんな部屋に扉と床が軋む音が聞こえる。開かれた扉には一匹の黒猫が四つん這いしている。猫は真っ直ぐに少年の目の前と来る。地べたに尻を下ろし、毛並みを整えるように手を舐める。
「………何しに来たんだ、ヨル」
そのままの姿勢で少年が猫に喋りかける。
猫は舐めるのを止め、視線を少年へと向ける。その目は心なしか怒っているように見受けられる。
「連れない一言ね、シルア。使い魔が主の様子を見に来ちゃいけないの?」
猫の口の動きと共に言葉が発せられる。
少年は鼻を鳴らし、まるで下らないとでも言いたげだ。
「ヨル、お前はいつも俺を主だと認めないって言ってるくせにどうしてこういう時だけ主扱いするんだ?」
「………」
「お前は誰もが認める優秀な使い魔だ。俺には勿体ない程にな。お前自身もそれを自覚してる。自分はこんな奴に仕えるべきじゃないって。俺もそう思うし、ヨルが望むなら契約を解除したっていいと思ってる。なのになんでだ? なんでお前はこんな時に俺を主と呼ぶ。いや、違うな。そもそもどうして今まで俺と一緒にしたんだ?」
少年の問いに猫は沈黙する。視線はジッと少年に向けられたままだ。重苦しい空気が部屋に漂う。それにも関わらず、一人と一匹は何も言わない。少年は猫の返事を待ち、猫は少年を見つめる。
この状態が五分程続いた時だった。沈黙を破ったのは猫。
「少しふざけただけよ」
この答えに少年は表情を変えず、「そうか」とだけ言って口を閉じた。
「それより、これからどうするのよ。このままじゃ、貴方殺されるわよ」
「そうだな」
猫の言葉に少年は顔色も変えずに答える。殺されると言われて何も感じないわけではないが、覚悟は多少なりともしていた。
「まったく、よくここまでバレなかったものよ。命令に背いて目標を殺さずに逃がすなんて」
「そうだな。俺はどうしようもない愚か者だな。誰も殺したくないからって目標を逃がして、自分の首をどんどん絞めてきたんだからな。この制裁の後は殺されるだけか。さて、どうしたもんかな」
「その言葉、まだ生きる意志があるの?」
「うん? どういう事だ?」
「どうしたもんかってこの状況を打破したいって事でしょ。つまり、殺される状況を打破したい。生きたいって事」
「なるほど」と少年は呟く。
「俺は性懲りもなくまだ生きようとしてたわけだ。バカだな。いつかはこうなるって分かってたのに死ぬ覚悟も出来てなかったわけだ」
力無く笑う少年に猫は右手の爪を少年の脛に突き刺した。ボロボロの服はその爪にすんなり破かれ、爪は皮膚を切り裂く。
「痛い!!」
「嘘、貴方はこんなことぐらいで痛いと思わないでしょ」
「そんな事はないぞ。見ろ血が出てる。人は誰でも血が出れば痛いと感じるもんだ」
少年の戯言をどうでもよさそうに受け流し、猫は視線を再び少年の目に移す。
「いい、一回しか言わないからよく聞きなさい。貴方、ここから逃げる気はない?」
猫の言葉に少年に笑顔が消える。
「ヨル、言葉を慎め。誰が聞いてるのか分からないんだぞ」
「分かってるわ。でも、機会は今しかないの。アイツがいない今しかね」
「………」
少年は何か考えるようにして目を閉じた。
「シルア……」
確かにこのままじゃ死ぬ。これは推測や推理なんかしなくても誰でも分かる。覚悟はしなくても分かっていた。感じていた。知っていた。だから、ここで逃げだすのは面白そうだから半端な覚悟で裏の世界に片足を突っ込み、そのしっぺ返しが怖くて逃げている奴等と一緒だ。少年はそんな奴等をいつも見てきた。しっぺ返しを加えるためにそんな奴等に会ってきた。つまり、自分も加える側ではなく、加えられる側だったようだ。
「………ヨル、俺にはちょっとした夢があるんだ。いや、違うな、妄想と言った方がいいかな」
「その妄想って何?」
「自由だよ。」
「自由?」
「そう自由。俺ぐらいの歳の奴等が平等に持ってる権利だ。ミッドチルダなんかじゃ当たり前に転がってるらしい。俺は自由を感じてみたいんだ。食いたいもん食ったり、行きたいとこ行ったり、やりたい事をやる。そんな自由が欲しい」
猫は少年がこれ程までに自分について語っている所を初めて見た。その驚きと同時に嬉しさも感じた。
「そう、で、どうするの?」
「俺は逃げるぞ。俺は殺される側になったとしても不自由より自由を選ぶ。ヨル、付いて来るか?」
「私、ここのご飯不味くて嫌いなのよね」
猫の言葉に少年は満足そうに頷く。
「よし、ヨル。今日からお前は飼い猫じゃなく野良猫だな」
その言葉に猫の眉間がピクリと動く。どうやら、気に喰わなかったようだ。
「そんで俺は自由人だ!!」
その数分後、その部屋には少年の姿も猫の姿もなかった。
私立聖洋大付属中学校の校内に授業終了のチャイムが鳴り響く。その合図と共に無人の廊下が一気に生徒で溢れる。生徒達は下校するために昇降口を目指し、人の流れを作っている。
そんな流れには目もくれず、二年の教室にはフェイト・T・ハラオウンが教科書とノートを開き、熱心に何かを書いている。
「あれ? フェイトちゃん帰らないの?」
長い栗色の髪をサイドで纏めた高町なのはがフェイトに話しかける。その手には既に学校指定の鞄を持っており、帰る準備は整っているようだ。
「うん、少しアリサから借りたノート写さないといけないから。なのはは先に帰ってていいよ。今日本局に行くんでしょ」
「分かった。でも、この頃みんな別々のお仕事が多くなってきちゃったね」
「仕方無いよ。なのはは戦技教導官で、はやてが特別捜査官、私が執務官だから必然的に仕事が違っちゃうから」
「そうだよね〜。学校以外じゃ滅多に会わなくなっちゃったし。少し寂しいかな」
「そうだね」
二人から哀愁が漂い始める。昔から一緒に過ごしてきた二人とって別々になるのはそれだけ悲しい事なのだろう。
「フェイトいる?」
その空気を打ち破るようにフェイトの教室に明るい声が響く。
腰まである赤い髪を靡かせながらアリサ・バニングスが二人に近づいて来る。
「アリサちゃん」
「ごめん、アリサ。まだ、ノート写し終わってないんだ」
「大丈夫大丈夫。明日、数学の授業ないから家に持ち帰ってもいいよ」
「ありがとう」
今日中に写し終わらないと思っていたフェイトはホッと安心したように息を吐く。
「ところでなのは。今日、アンタ仕事って言ってなかったっけ?」
「ああ!!」
すっかり忘れていたようで、なのはは二人に挨拶をすませると素早く教室から出て行った。
「それにしても大変よね。仕事と学校の両立は」
「そんな事ないよ。仕事じゃあなのはとはやてがいるし、学校にはアリサとすずかが助けてくれるから」
と恥ずかしげもなく言うフェイトにアリサは照れたように顔を赤らめる。
「ま、まぁ、別にノートを貸すぐらい誰にでも出来るし」
「そんな事ないよ。アリサのノート見やすくて分かりやすいから凄く助かってる」
作品名:If ~組織の少年~ 作家名:森沢みなぎ