If ~組織の少年~
「べ、別にそんな事はないわよ。普通よ、普通」
そう言っているアリサだが、フェイト達のために教師達が黒板に書いた文字からちょっとした言葉までノートに一字一句逃さないように書いている事は言わない。
「あれ、はやては?」
いつもアリサと一緒に教室に来るもう一つの姿が見当たらず、フェイトは不思議に思う。
「仕事だって言って四時間目に早退したけど知らないの?」
「そうなんだ」
本当にバラバラになっちゃった、とフェイトは改めて実感する。
「そういえば、この頃アンタ達、別々に仕事に行く事多くなったわよね」
「うん。さっきもその事でなのははと話してたんだ」
「でも、学校では一緒だから平気じゃない?」
「そうだね」
「じゃあ、そろそろ私も帰るわね。ノート明日返してくれればいいから」
そう言ってアリサも教室から出て行く。気づけば教室に残っているのはフェイトだけだ。
学校では一緒。先程のアリサの言葉が頭に浮かぶ。なら、学校を卒業すればいつ一緒になれるのかな、とそんなネガティブな事を考えてしまう。なのは達と一緒だったこの何年かは毎日が楽し過ぎた。だから、離れるのが怖い。また、前みたいな寂しい日々が続くんじゃないかと思ってしまう。
「嫌だな」
ポツリと口から零れた言葉は静かな教室によく響いた。だが、その声を拾う人は誰もいない。
余計に虚しい気持ちになったフェイトは溜息を吐き立ち上がる。
「帰ろ」
机の脇にかけておいた鞄を手に持ち、教室を出て行く。
外は既に日が傾き始めており、通行者達の殆どが帰路についている。フェイトはそんな中に混じり、自分の家を目指す。その途中に奇妙な組み合わせを見つける。
茶髪を後ろで一つ縛りした少年と黒猫が一緒に歩いている。それは猫を散歩させているという感じでなく、まるで友達と一緒に歩くような感じだ。黒猫は少年の足元から離れようとせず、少年もそれを振り切ろうとはしない。
ペットかな、とその珍しい光景を観察していると少年と不意に目が合った。フェイトは一瞬ビクッと肩を動かしたが動揺を隠すように会釈する。少年も一瞬驚いた顔をしたが軽く会釈した。
「悪い、道を聞いていい?」
すれ違う前に少年が話しかけてくる。この町が初めてなのか、その手には地図をメモした紙が握られている。
「私立聖洋大付属中学校を探してるんだけど」
「私立聖洋大付属中学校ですか? それなら、この道を真っ直ぐ行って次の信号を右に曲がればすぐですよ」
「そうか、ありがとう」
そういうと少年は歩き去って行った。
フェイトも何事もなかったようにその場を去って行った。
「ただいま」
フェイトが家に帰ると子犬の姿をしたアルフが玄関で待っていた。アルフは激しく尻尾を振り、フェイトの元へと駆け寄る。
「おかえり、フェイト」
「アルフ、ただいま」
しゃがみ込みアルフの頭を撫でるフェイト。すると玄関にいつもはない靴がある事に気付く。
「この靴。アルフ、クロノが帰ってきてるの?」
「うん。お昼にいきなり帰ってきた。なんでもリンディと話す事があるんだって。今もクロノの部屋で話してる」
「ふ〜ん」
フェイトは気になりはしながらもリビングへと向かった。
クロノが何か話すために直接家に来ると言う事は重要な仕事の話だろう。ただの好奇心で首を突っ込んでいい話じゃないし、自分の助けが必要なら向こうから話してくると考え、フェイトはアルフとソファーに座りながらニュースを見ていた。
すると、一つのニュースを見終わった頃に扉が開く音がした。そしてリビングにリンディとクロノが入ってくる。
「あら、フェイトさん帰ってたの。ごめんなさい、気づかなかったわ」
「ただいま、母さん。仕事の話?」
「ええ、少しクロノとね」
「おかえり、フェイト。学校の方は問題ないか」
「うん。クロノも新しい配属先は大丈夫?」
「順調と言いたいところだが、少し問題があってな」
そう言ってクロノはフェイトの向かい側のソファーに座る。その深刻そうな顔にフェイトも只ならぬ空気を感じる。
「何か事件?」
「ああ、僕が追ってる組織がこの頃活発に動いているんだ。それで捕まえたその組織のメンバーから情報を掴んだんだが、それが少し厄介でな」
クロノは勿体ぶるように一拍置く。それが緊張感を生み、フェイトも嫌な汗を掻く。
「組織のトップ直属の魔導師が一人逃亡したみたいだ。組織の機密情報を多く持ってるらしくてな。組織も躍起になって探しているらしい」
事件は思いのほか深刻な内容だった。そんな魔導師がそこら辺の街を歩いていると言う事だ。もし、何かあれば甚大な被害が及ぶ。
「管理局でもその魔導師を追っているんだが、組織との戦闘が頻発しているせいか、なかなか見つからない。まったく、管理局の人員不足も深刻だよ」
そう言って溜息を吐くクロノ。その顔をよく見ると目の下にクマが出来ている。人員が足りず忙しいのだろう。
「私も手伝うよ、クロノ。その人の情報はないの?」
「すまない。正直、各世界を探索出来る程の人数がいなくてな」
そう言ってクロノが胸ポケットから一枚の写真を取り出す。その写真は一人の男が映っているが、ピンボケが激しく特徴までははっきりと分からない。
「情報はここら辺の次元世界に移転したって事とこの写真だけだ」
フェイトはその写真を見た瞬間、ハッとする。確かによく分からない写真であるが、その姿には見覚えがあった。
今日、道を聞かれた茶髪の少年に似ていた。
「クロノ、私、この人と会ったかもしれない」
「なに!! それは本当か!?」
「う、うん。学校の帰り道で聖洋大付属中学の道を聞かれた」
「学校の? いったい何のために?」
「さぁ、そこまでは……」
「兎に角、この町に魔導師を配備しよう。はやてとなのはにも連絡して学校の中はフェイト達に頼む」
「わ、分かった」
「リンディ提督。そちらの次元航行船と連携を取らせてもらえますか?」
「ええ、問題ないわ」
「ありがとうございます。すいません、僕はこれで失礼します」
「あら、夕食食べて行かないの?」
「仕事が出来てんでまた今度という事で」
「そう、残念」
自分の母親が仕事場で上司というは大変だな、とフェイトがクロノを見ると常々思う。特にクロノは仕事と私情をきっちり分けるタイプに対してリンディは仕事も私情も気にしないタイプ。仕事のモードのクロノによくリンディが家庭の話を持ち込んで困らせているのをフェイトはよく見ている。
「それにしても大丈夫だったの、フェイトさん。そんな人に会って」
「う、うん。そんな人には見えなかったし、本当に普通の人だったよ。だから、人違いじゃないのかな?」
「でも、似てるんでしょ」
「うん……」
フェイトは本当にこの人なのだろうか、という一抹の不安を抱える。
海鳴町のとあるビジネスホテルには一人用のソファーに座るシルア、とそれに対峙するように置かれた同じソファーに丸くなっている黒猫、ヨル。
「いや〜、この次元は子供が一人で泊まるのも嫌悪されてるんだな」
少年は部屋を借りる時の従業員の顔を思い出す。どうもこちらの事を怪しげな目で見ていた。
「ちゃんと二十歳って書いたんだけど。完全に疑ってたな」
作品名:If ~組織の少年~ 作家名:森沢みなぎ