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花を飾って

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花束を包んだセロファンが、カークランドの手のなかで不意にぱりぱりと音を立てた。夏らしからぬ冷えた風が頬を撫でてゆく。カークランドはいっとき目を閉じて、それをやりすごしていた。

ドイツの気候は、極端である。冬は到底過ごしやすいものではないが、初夏のころなどの気温はひどく曖昧なものだ。マフラーを手放せない日もあれば、ジャケットなどを着ていられないほど猛暑の日もある。ドイツの、そういう気候は夏でもあまり変わらぬものであった。すべからくマフラーを不可欠とするわけではないけれども、夏らしからぬ、風の冴えた日も少なくない。今日は比較的涼しい日と踏んできた。そういう、カークランドの予察の通り、避暑には十分の爽やかさである。スラックスの色と合わせて羽織ってきた、生地の薄いモスグリーンのジャケットは、まだイギリスでも肌寒い晩春のころに着ていたものだった。それが、よく風を通して心地よい。また、来たる夏には幾日かここに滞在してもいいやもしれぬ、とカークランドは考えている。
吹き通る風をやりすごすために落としていたまぶたをそっと持ち上げる。カークランドは今、避暑のためにドイツに来ているのではない。ルートヴィッヒに今日こそ花束を渡すために、ひいては愛の告白のために、わざわざドイツまで出向いた次第である。アポイントメントは既にとった。少しでいい、時間を取ってもらえないだろうかと、四日前、電話越しにぼそぼそ口のなかで呟いたのを思い出しながら、ちらりと視線を落とした。いつのまにか不格好に崩れてしまった桃色のセロファンの、寄った皺を慌てて伸ばす。長く飛行機を乗り継いだせいか、それとも幾度も持ち直したせいか。なんとか正せば元の美しいかたちに戻ったので、カークランドはほっと息を吐いた。
ルートヴィッヒに渡すつもりのこの花束は、今朝施してきたものである。根元のほうにたっぷり水を含ませてきたので、当分萎れる気配はない。茎が折れてしまわぬようにそうっと花束を握り締めて、中のメッセージカードが折れてしまっていないのを確認する。一言、愛している、としたためた。独語と英語、どちらでかくべきか迷った末、結局英語でしたためたのはカークランドの、意地のようなものだった。
花束は、添え立てたかすみ草が薔薇のうつくしいのをよく引き立てていた。ことさら蕾のままのものも混ぜている。絵の具を塗り重ねたように鮮やかな赤や、色の濃い桃色、どれもこれも随分上等の薔薇であった。みな、自宅の庭先でカークランドが育てたものである。土いじりが趣味であって、とりわけ薔薇を愛している。出来のよいもののなかから、満開のものを二十本、まだ咲く気配もなく、蕾のままくすぶっているものを一本こそりと含ませた花束は、包装までカークランドが施した。ああでもない、こうでもないと唸りながらいくつも包装紙を無駄にしてしまった、会心の出来である。


濃い影を落とす並木道をゆく、ぎこちない手足の仕草はまるで隊列のようにも見えた。暑さを感じさせぬ乾いた風が吹き通る最中も、花束を握り締めた手にはじっとりと汗をかいている。思いがけずその手から滑り落ちてしまいそうで、カークランドにとっては気が気でなかった。そうやって幾度か持ち直している。腰のあたりで水平に抱えた花束から濃密な、甘たるい香りがたゆたって、それがカークランドの鼻腔を突いた。もう少しゆけば、ルートヴィッヒの自宅がある。空港まで迎えにゆくと言われたのを、カークランドのほうが自宅まで出向くから構わないと断った。何の用かは伝えていない。大方、会議で寄越し損ねた書類などを渡される心づもりでいるのに違いないが、空港の混雑のなかで愛の告白など、こちらにとってはたまったものではない。大の男がそんな恥をかけるものかと、カークランドは腹のなかで毒づく。ましてやそんな場所で一斉一代の告白を断られでもすれば、恥の上塗りに他ならぬ。
そういうことを考えているうちにどくどくといやに早まった鼓動をおさえつけて、カークランドは知らぬ間に詰めていた息を吐きだした。断られる、という考えなどはいけない。大丈夫だと自分に言い聞かせて、頭のなかで練習を重ねた言葉を反芻した。ルートヴィッヒ、好きだ。よかったら受け取ってくれ。
幾度か頭のなかで言葉を反芻させたのち、カークランドはきょろきょろと辺りを見回し始めた。どうやら住宅地であるために、昼間は閑静のようである。すっかり人気のないのを確認する。長く息を吸い込んで、今度はぼそぼそと口のなかで呟いた。滑舌は良好、だが、所詮練習は練習の域を出ない。幾度予行を重ねても、本番で上がってしまって噛んだのでは意味がないのだ。なにごとも大切なのは結果である。カークランドはかつて、幾度もそういう経験をしてきた。

足が一歩進むたびに、緊迫は増してゆく。腹のなかでぞわぞわと蠢いている緊張感をなんとか収めようと深呼吸を繰り返すが、やはり収まらぬままである。頭のなかは無意識にもさきほどの言葉を堂々巡りをしていて、それもひとつ、カークランドの緊迫を煽るものになっている。爽やかな風が、ふわりと頬をかすめた。しかし、カークランドはもはや気に留めるようすさえない。気に留める余裕がないのである。視線の先もあまりおぼつかないで、ぐらぐらとぶれている。うるさい鼓動が、カークランドにとってやけにわずらわしく思われていた。

はあ、とひとつ息を吐いて、ジャケットの襟を正す。うつむいた先、スラックスには皺のひとつも寄っていない。花も、その包装も、美しさを保ったままである。…完璧だ。再三深呼吸を繰り返して、インターフォンへ手を伸ばした。息が詰まるような思いであった。
…結局、インターフォンに触れた指先は、すんでのところでゆるゆると引っ込んだ。はあ、と詰まった息を吐き出す。情けないことではあるが、もう玄関先まで来ているというのに踏ん切りがつかないのだ。思い返せば、ルートヴィッヒには一度、申し出を断られてしまっている。愛の告白など大それたものではないが、たしかにあの日も花束を抱えて、こうしてルートヴィッヒの自宅まで出向いた。あのころはそれぞれ、自国の趨勢もままならぬような時勢だったので、仕様がないといえばそれまでである。カークランド自身も、あのときは仕事と割り切っていたところがあって、結局渡し損ねた花束も適当に庭から見繕ってきたものなのだった。
だが、今は違う。利害などは関係なく、アーサー・カークランドとして、この花束をルートヴィッヒに受け取ってほしいと思う。ぐ、と乾いたくちびるを噛みしめる。再三伸ばした手は震えていたが、思い切って押してしまえば、迫る緊張よりもわずかに安堵を得たような感覚だった。
数秒の沈黙のち、ゆっくりと開いたドアの隙間から、仕立てのよいシャツに薄手のカーディガンを羽織ったルートヴィッヒがひょこりと現れた。身体中にごうごうと血が巡っているのがわかる。それが、痛いほどであった。
「わざわざすまないな、会議で渡し忘れた書類…」
言い切られるまえにきっとまなじりを鋭くしてみせれば、思わず言いよどんだルートヴィッヒの表情が、ひるんだような色を見せた。そのまま間髪入れずに花束を差し出して、少し顔をうつむける。
「ルートヴィッヒ、好きだ!受けとあっ……」
作品名:花を飾って 作家名:高橋